世界的なクラフトウイスキー・ブームを背景に、2016年頃から日本各地に誕生した新たなウイスキー蒸溜所。2020年にはようやくそうした蒸溜所から、スコッチウイスキーで義務づけられる「3年以上の熟成」を経て、シングルモルトのファーストボトルが続々とリリースされた。そこで今回は、Penでも追いかけてきた日本の新鋭蒸溜所の記念すべきファーストリリースをピックアップ。ジャパニーズウイスキー人気の高騰もあってどれも入手は難しいかもしれないが、ぜひバーなどで見かけたら飲んでもらいたい個性派揃い。2021年以降のリリースにも期待が高まる各蒸溜所の“最初の一歩”を、その個性とともに紹介する。
1.「シングルモルト津貫 ザ・ファースト」――本土最南端の蒸溜所で生まれた南国フレーバー
2.「厚岸 シングルモルトウイスキー 寒露」――北の大地を想起させる力強く甘美なウイスキー
3.「シングルモルト静岡プロローグK」――物語の序章を飾る、繊細な香味を纏ったシングルモルト
4.「安積ザ・ファースト PEATED」――“磐梯おろし”に磨かれた、深く穏やかな味わい。
5.「三郎丸0 THE FOOL」――進化する蒸溜所が見せる、スモーキーで心地よい現在地。
1.「シングルモルト津貫 ザ・ファースト」――本土最南端の蒸溜所で生まれた南国フレーバー
長野県の木曽駒ヶ岳山麓に位置するマルス信州蒸溜所を、2011年に19年ぶりに再稼働させた本坊酒造。そんな同社が創業の地である鹿児島県南さつま市加世田津貫で、2016年に創設したのがマルスウイスキーの第2蒸溜所となるマルス津貫蒸溜所だ。
蔵多山山系の良質な湧き水に恵まれた本土最南端の蒸溜所は、冷涼な信州とは異なる南国特有の熟成環境が特徴。同社が長年にわたり積み上げてきた酒づくりの知見や、日本の三宅製作所製の蒸溜釜など最新の設備を活かし、温暖でありながら冬は零下になる日もあるというダイナミックな熟成環境で、信州とは異なる原酒づくりを追求している。
2020年4月にリリースされた「津貫ザ・ファースト」は、まさに南国のフルーツや、メープルシロップがたっぷりかかったパンケーキを思わせるフルーティかつスイートなアロマが特徴。ジューシーで飲み応えがあり、ふくよかな麦や、チョコレートをかけたバナナのようなフレーバーも。心地よい熟成感はとても3年の熟成とは思えず、長く熟成させたスペイサイドモルトすら連想させる仕上がりだ。
2021年1月下旬には、「津貫ザ・ファースト」の第2弾も発売予定。南国で新たな歴史を刻む、マルスウイスキーの今後に期待したい。
2.「厚岸 シングルモルトウイスキー 寒露」――北の大地を想起させる力強く甘美なウイスキー
食品の原材料などを輸入・販売する堅展実業が、2016年に創設した厚岸蒸溜所。同蒸溜所が目指すのは、世界中のウイスキーファンを魅了する「アイラモルトのようなウイスキー」。力強い酒質を生むオニオンシェイプの蒸溜器をはじめ、スコットランドの老舗プラントメーカーの設備を導入した蒸溜所では、すべての工程を徹底的に管理する“品質最優先”のウイスキーづくりが行われている。
同蒸溜所のシングルモルトとしては、容量200mLの「厚岸ウイスキー SARORUNKAMUY」もあるが、初のフルボトル(700mL)として2020年10月にリリースされたのが「厚岸 シングルモルトウイスキー 寒露」だ。
トースティかつスイートで重厚、さらには焚き火やピートの湿原、潮っぽさやフルーツの酸味など、そのアロマは驚くほどに複雑。飲めばほどよくピーティで、イチゴやミルクチョコレート、バターのような甘い余韻が心地よく長く続いていく。
「寒露」とは日本の季節を24の節気で表す名のひとつであり、今回のリリースは「二十四節気シリーズ」の第一弾。厚岸の地に眠るパワフルな原酒がどのような熟成を見せるのか。いまから次のリリースが待ち遠しい、北の大地のような巨大なポテンシャルを秘めた蒸溜所だ。
3.「シングルモルト静岡プロローグK」――物語の序章を飾る、繊細な香味を纏ったシングルモルト
静岡市の玉川地区で2016年に創業したガイアフロー静岡蒸溜所。薪を熱源とする直火焚き蒸溜器や地元の杉材を使った発酵槽などは、世界でもここでしか見られない。さらには、いまや伝説となった軽井沢蒸留所(2012年完全閉鎖)の蒸溜器を移設して使用するなど、ジャパニーズウイスキーのレガシーも継承する蒸溜所だ。
そんな同蒸溜所のファーストリリースが、2020年12月に発売された「シングルモルトウイスキー静岡 プロローグK」。モルトウイスキーでは一般的に、初溜釜と再溜釜で2回の蒸溜を行う。前述したふたつの蒸溜器はどちらも初溜釜にあたり、同蒸溜所ではそれらをWとKと呼んで区別している。今回はそのうち、軽井沢蒸留所から移設された蒸溜器であるKのみを使用。同蒸溜所のもうひとつの特徴である国産の大麦麦芽を贅沢に使い、バーボン樽で熟成させたシングルモルトだ。
香りはエステリーでライチなどを思わせるフルーツから、徐々に麦チョコやバニラ、ウッディでほのかにピーティな心地よいアロマへと変化していく。飲めばモルティでスイート。厚みのある味わいの中には国産麦芽に由来する繊細さに加え、どことなく和のフレーバーも漂う、まさに静岡蒸溜所の“序章”を飾るにふさわしい一本だ。2021年春をめどに、この「プロローグK」と対になるようなシングルモルトのリリースも検討中。世界中のウイスキーファンから熱い注目を集めるガイアフロー静岡蒸溜所の今後に注目だ。
4.「安積ザ・ファースト PEATED」――“磐梯おろし”に磨かれた、深く穏やかな味わい。
1765年創業の老舗酒蔵であり、1980年代には「チェリーウイスキー」で人気を博した笹の川酒造。そんな歴史ある蔵元が、敷地内の清酒蔵をウイスキー蒸溜所へと再構築。2016年秋に本格稼働を果たしたのが安積蒸留所だ。
クラフトウイスキーのパイオニアでもあるベンチャーウイスキー秩父蒸溜所の肥土伊知郎社長との関係も深く、肥土氏から受けた多くのアドバイスを活かしながらも、清酒酵母による仕込みや日本酒を熟成させた樽での熟成など、日本酒の蔵元らしい独自のウイスキーづくりにチャレンジしている。
2019年12月にファーストリリースとなる「安積ザ・ファースト」を発売。さらに2020年12月には、ノンピート麦芽で仕込まれたバーボン樽原酒を主体とした第1弾に対し、第2弾となる「安積ザ・ファースト PEATED」をリリースした。両者に共通するのは、麦やナッツ、バニラやほのかな柑橘など、穏やかで深みのある味わい。ヘビーピート麦芽を使用した「PEATED」では、重厚なスモーキー香に温かみのあるスパイスやハーブ、炒ったアーモンドのような香ばしいフレーバーを感じることができる。
同蒸留所は来年夏以降にも2種類のシングルモルトをリリース予定。蒸留所内で熟成される原酒を使ったブレンデッドウイスキーなどもぜひお試しを。
5.「三郎丸0 THE FOOL」――進化する蒸溜所が見せる、スモーキーで心地よい現在地。
富山県砺波市の三郎丸地域で、1952年から地ウイスキーを製造してきた若鶴酒造。2017年には老朽化していた屋舎や蒸溜器などの設備を、クラウドファンディングを活用して改修。本格的なモルトウイスキーづくりをスタートさせた。さらに2018年には、半世紀以上前から使い続けてきた糖化槽を更新。2019年には高岡銅器の梵鐘づくりの技術を活かした世界初の鋳造製蒸留器を導入して大きな注目を浴び、いまや三郎丸蒸留所の名は国内外のウイスキーファンに知られるところとなっている。
そんな三郎丸蒸留所の改修後初となるシングルモルトが、2020年11月に発売された「三郎丸0THE FOOL」。過去と現在のウイスキーづくりをつなぐ2017年に仕込まれた原酒であることから、ラベルにゼロが刻まれたシングルモルトだ。
すべての仕込みにヘビーピート麦芽を使用する三郎丸らしく、香りはスモーキーでピーティ。少し草っぽいニュアンスやドライアプリコットのようなアロマも感じられ、飲めばふくよかな麦の甘さやほのかなスパイス、そしてシトラスのようなフレーバーも。スモーキーなビター感が長く続く余韻も心地よく、スムーズでバランスの取れた味わいになっている。
現在のところ次のシングルモルトのリリースは未定だが、三郎丸蒸留所ではブレンデッドウイスキーや缶入りのクラフトハイボールなども発売中。オンラインでも購入できるので、ぜひお試しいただきたい。