ここ数年、ウイスキー蒸留所の世界的な設立ラッシュが続き、スコットランドやアイルランドはもちろん、アメリカ、アジアやヨーロッパ、さらには中東やアフリカなどで新たな蒸留所がオープンしている。近年、ジャパニーズウイスキーの評価が高まっていることもあり、日本に誕生したウイスキー蒸留所も20を超えた。そんなウイスキーブームの中、今回は2019年にリリースされた中から飲んでおくべき“旬”なボトルをピックアップ。シングルモルトのスコッチから大注目のアイリッシュ、そしてジャパニーズまで、個性が光る5本を紹介する。
1.「グレンモーレンジィ キンタ・ルバン 14年 ポートカスク フィニッシュ」――ウッドフィニッシュの奥深きスイートネス
2.「グレンアラヒー 1990 オロロソシェリーパンチョン」――シェリー樽熟成がもたらす陶酔感。
3.「ブルックラディ ジ・オーガニック」――100%オーガニックのアイラモルト
4.「ティーリング シングルポットスティル」――躍進するアイリッシュウイスキーの最前線。
5.「シングルモルト駒ヶ岳リミテッドエディション2019」――華やかな香りと繊細な味わいのジャパニーズスタイル
「グレンモーレンジィ キンタ・ルバン 14年 ポートカスク フィニッシュ」――ウッドフィニッシュの奥深きスイートネス
スコットランドのハイランド地方にあるテインの街で、1843年に創業したグレンモーレンジィ蒸留所。水源となるターロギーの泉に湧く硬水での仕込みや、スコットランドで最も背の高いポットスチルでの蒸留、そして熟成に使用する樽へのたぐいまれなるこだわりなどにより、“完璧すぎる”とまで評されるフルーティで華やかなウイスキーを生んでいる。バーボン樽などで通常の熟成を行ったウイスキー原酒を、ワイン樽など別の樽に詰め替え、数カ月から数年の追加熟成を行う。いまでは多くのウイスキーメーカーで見られるそうした手法をウッドフィニッシュと呼ぶが、そのパイオニアとして知られるのがグレンモーレンジィ。そんなグレンモーレンジィの真骨頂を味わえるのが「エクストラ マチュアードシリーズ」だ。
これまでも、ルビーポートワイン樽や2種のシェリー樽、ソーテルヌ(貴腐)ワイン樽で追加熟成された3本がリリースされてきたが、2019年にはラインアップを一新。なかでもお薦めの1本が「グレンモーレンジィ キンタ・ルバン14年」だ。
グレンモーレンジィの伝統でもあるバーボン樽での熟成を約10年行った後、ポルトガルの甘口ワインであるルビーポートワイン樽でフィニッシュ。フレッシュなマンダリンオレンジとミントチョコレートを思わせる香り、トリュフチョコやレモン、ナッツなどのフレーバーに続き、オレンジとミントチョコレートの余韻が残る。なめらかで心地よい飲み口とスイートで深く重層的な味わいが、冬の気分にもハマる1本だ。
「グレンアラヒー 1990 オロロソシェリーパンチョン」――シェリー樽熟成がもたらす陶酔感。
ペルノ・リカール社など、大手ウイスキーメーカー傘下の蒸留所として、長らくブレンデッドウイスキー用の原酒を供給し続けてきたグレンアラヒー蒸留所。これまでシングルモルトとしてのリリースはきわめて少なかったため、まだグレンアラヒーの名を知らない人はウイスキーファンにも多いかもしれない。
そんなグレンアラヒーを表舞台へと導いたのが、モスボール(操業中止)状態にあったベンリアック蒸留所を買収し、見事に再建させたことでも知られるウイスキー業界の名プロデューサー、ビリー・ウォーカー。2017年には同氏が率いるザ・グレンアラヒー・コンソシアムが蒸溜所を取得し、翌年には「グレンアラヒー12年」「同18年」「同25年」の3種をはじめとするシングルモルトのリリースを開始した。
そうしたスタンダードなシングルモルトもさることながら、ぜひ試してみてほしいのが同蒸溜所から続々とリリースされる限定ボトル。なかでもビリー・ウォーカーが自ら選定を行った一樽のみをカスクストレングス(樽出しのままの度数)でボトリングした「グレンアラヒー1990 オロロソシェリーパンチョン」は、ぜひ飲んでみてほしい一本だ。
良質なシェリー樽での29年の熟成がもたらすトフィーや洋梨のコンポート、ドライフルーツやダークチョコなどを思わせるアロマに加え、濃厚でスイートなフレーバーには南国フルーツのニュアンスも。タンニンの心地よい余韻がどこまでも長く続く、日本市場に向けて523本のみがリリースされたスペシャルボトルだ。
「ブルックラディ ジ・オーガニック」――100%オーガニックのアイラモルト
スコットランド産大麦へのこだわりや独自のトレーサビリティシステムの導入など、テロワールを重視したウイスキーづくりを行うブルックラディ蒸溜所。アイラ島にある大手ウイスキーメーカーのなかでは唯一、すべてのウイスキー原酒の熟成を島内で行う上、ボトリングまでの工程を島内で完結させることができるのも特徴だ。
これまでも数々のユニークな取り組みを行ってきたそんなブルックラディが、18年から年に1度、数量限定でリリースするのが「ブルックラディ ジ・オーガニック」。原料の大麦はすべて有機栽培のスコットランド産。大麦を麦芽化する製麦をはじめ、糖化、発酵、蒸留、樽詰めなどすべての工程で、英国バイオダイナミック協会の認証を受けた100%オーガニックのシングルモルトだ。
19年にリリースされた「ジ・オーガニック2010」は、10年に蒸留されたシングルヴィンテージ。熟成は8年間で、内面を深く焦がしたファーストフィルのバーボン樽のみが使用されている。シトラスや洋梨を思わせるフルーティで優しいアロマと、その奥から現れるキャラメルクリームのような甘い香り。度数のわりに飲み口は軽やかで、メロンや桃のようなフルーツとともに、ライ麦パンやバターのようなフレーバーも楽しめる。
アイラモルトでありながらノンピート。なによりもオーガニックだからか、飲み飽きることなくいつまでも飲んでいたくなる。“風土の酒”とも呼ばれるシングルモルトの魅力を、まさに体現するかのような優しくふくよかな味わいだ。
「ティーリング シングルポットスティル」――躍進するアイリッシュウイスキーの最前線。
ピート麦芽の使用など、従来のアイリッシュウイスキーのイメージを覆す独創的なウイスキーづくりを行い、現在の世界的なアイリッシュ人気の起爆剤となったクーリー蒸留所。そんなクーリー蒸留所の創業者ジョン・ティーリング氏の息子たちがダブリンに創設し、2015年4月から蒸留をスタートさせたのがティーリング蒸留所だ。
既にインディペンデントボトラー(独立瓶詰め業者)としては高い評価を得ているティーリングだが、同蒸留所でつくられたウイスキーとしては「ティーリング シングルポットスティル」が記念すべき初リリース。シングルポットスティルとは、大麦麦芽だけでなく未発芽の大麦を使い、銅製のポットスティルで3回蒸留を行うアイリッシュ伝統の製法でつくられるウイスキーのこと。「ティーリング シングルポットスティル」では大麦麦芽と未発芽大麦を50%ずつ使用、ヴァージンオークカスクとバーボンカスク、ワインカスクでそれぞれ3年以上の熟成を経た15年蒸留の原酒がヴァッティングされている。
食欲をそそる食パンやフルーツキャンディのような香りと、ジューシーな麦の甘みやライチなどの白いフルーツを思わせるフレーバー。ほどよいオイリーさやクラッカーなどのビスケットも感じられ、フィニッシュには心地よいビター感が続く。世界のウイスキーファンから熱い注目を集めるアイリッシュウイスキー、その魅力の一端をぜひ味わってみてほしい。
「シングルモルト駒ヶ岳リミテッドエディション2019」――華やかな香りと繊細な味わいのジャパニーズスタイル
鹿児島の総合酒類メーカーである本坊酒造が、1985年に中央アルプスの木曽駒ヶ岳山麓に開設したマルス信州蒸溜所。ウイスキー人気の低迷により92年からは操業を休止するなど不遇な時代もあったが、2011年には蒸留を再開して現在もフル稼働が続く。周囲を四季折々に色づく自然が囲み、冬には深い雪に覆われる蒸溜所で見られる特徴的なポットスティルは、マルスウイスキーの祖とされる岩井喜一郎が設計したもの。岩井は”マッサン“で知られる竹鶴政孝がスコットランドに留学した当時、上司として「ウイスキー実習報告書」を受け取った人物で、自らもアルコール連続蒸留装置を開発するなどアルコール製造の権威として知られている。
「シングルモル駒ヶ岳リミテッドエディション2019」は、そんなマルス信州蒸留所で蒸留され、バーボン樽で3年以上熟成させたモルト原酒を主体とするシングルモルト。香りはフレッシュで華やか、アンズやレモン、ほのかな樽のアロマが広がり、飲めば瑞々しい柑橘の甘さを温かなスパイスが包み込むような、心地よい味わいと余韻が感じられる。
本坊酒造では16年に、創業の地である鹿児島県の南さつま市にマルス津貫蒸溜所を新設。同社ではさらに屋久島にもエージングセラーをもち、3つの特徴的な気候のもとでウイスキー原酒の熟成を行う。20年には津貫蒸溜所のシングルモルトウイスキーのファーストリリースも期待される上、マルス信州蒸溜所では蒸溜棟やビジターセンターを新設するなど大規模なリニューアルも予定。ウイスキーツーリズムがトレンドになりそうな20年には、ぜひ見学に訪れてほしい蒸溜所だ。