屋台で食べられていた天ぷらも、江戸末期には座敷内で楽しめるようになった。独自の進化を遂げた「お座敷天ぷら」の中をのぞいてみよう。
江戸末期、天ぷら屋台から新たな流れが誕生した。出揚げ天ぷら、つまり出張天ぷらである。コンロと鍋、ネタを詰めた箱を持って座敷に上がる。福井扇夫という人物が、これでたいそうな繁盛を極めたという。その後、出揚げ天ぷらが契機となり、お座敷天ぷらが誕生。明治後期には、一組にひとつの部屋を用意し、客にはひざ掛けナプキンや食後のおしぼりを用意するという、行き届いたサービスの店ができた。いまでいう富裕層に向けたお座敷天ぷらスタイルが確立していったのだ。
お座敷という密な関係性が、新しいスタイルを生む。
築地のお座敷天ぷら「おかめ」の誕生は72年前の1946年。
「そもそも新橋芸者が、揚げ手を雇って始めた店なんです。当初2番手としてやっていた私の父が2代目となり、引き継いだ私が3代目。開店当初と間取りも同じままにやっています」
と話してくれたのは、柴田雅夫さん。訪れた客は、玄関で靴を脱ぎ、2部屋あるどちらかに案内される。もちろん、一部屋一組だ。揚げ場を前に、掘りごたつ式のカウンターになっている。
「やはり個室ですから、政財界の方、芸能関係者など、著名な方にも愛されてきました。食通な方も多く、天ぷらについてもいろいろなアドバイスが。父が柔軟にそれを受け入れる人だったので、純粋な江戸前の伝統を守りつつも、独自のスタイルに進化していると思います。それがユニークで喜ばれるということもありました」
たとえば、多様な野菜揚げ。江戸前の基本は魚介だが、ここではかなり早い時期から野菜を組み込んでいた。軽さが出て、当時から大好評だったという。さらに進化し、いまでは、魚介と野菜を一種類ずつ組み合わせ、ひと皿にして出すというスタイルを確立した。江戸前天ぷらでは馴染みのない、アジやイワシ、サンマといった光り物を揚げるのも面白い試みだ。
「特にサンマは秋の人気です。ポイントは、天つゆではなく、玉露を注ぎ、生醤油をたっぷりかけること。これも、お客さまにアドバイスしていただいて生み出されたものなんです」
衣の付け方も独特である。鍋の中で箸をうまく操りながら、“花を咲かせ”る。いくつものツノが出たような衣は、見た目に華やかだ。ブルジョアジーとともに発展してきたお座敷天ぷららしさがにじみ出ているようでもある。スタートに出る海老も、現在のどの江戸前天ぷら店よりサイズが大きい。
「ホタテとイカは硬くなるから浅めに火を通しますが、海老はしっかり揚げないと旨味が出ません」
そう言い切るところも、かえって昔ながらのようで、新鮮である。
揚げ手を独り占めするお座敷天ぷらはハードルが高い。そう思うのは当然だ。だが、実のところ、決して排他的な世界ではない。この空間にどっぷりと浸り、過去と現在が混在したような感覚を味わえる2時間は、江戸前観に新たな視点を与えてくれる。
お座敷天ぷらおかめ
東京都中央区築地2-12-2
TEL:03-3541-2288
営業時間:18時~23時 完全予約制
定休日:日、祝
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この記事は、2019年 Pen1月15日号「江戸前の流儀。うなぎ/天ぷら/鮨」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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