クリームソーダにハンバーグ……。蒲田で「昭和」を味わい尽くす4軒。

  • 写真:大河内禎
  • 文:今村博幸
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カツサンドは、甘さと酸味のバランスがよいソースが絶妙。若い人にも人気のクリームソーダ。

話好きの夫婦が仲よく営む、時間がゆっくり流れる喫茶店。

66年の歴史がある「チェリー」は、この辺りにかつて20軒ほど並んでいた喫茶店の中で唯一残る店だ。開店当初から変わらないのがコーヒーとサンドイッチ。卵とトーストのモーニングも定番だ。コーヒーは、日に数回ハンドドリップでマスターの指田宏明さんが淹れる。豆はオリジナルブレンド。口に含むと酸味が爽やかだ。店を続けてきてよかったとママさん。

「嬉しいのは、若いお客さんが増えたこと。新しい刺激をいただけますから」

指田さんはさらに続ける。

「私たち夫婦は人と話すのが大好き。それができるのが喫茶店です」

店内も外観も、供される食事も、経てきた時代の香りを残しながら、時代に合わせて微調整が加えられた。しかし変わらぬ懐かしい香りは、微塵も失せていないのが嬉しい。

●カフェ・チェリー
東京都大田区蒲田5-19-8
TEL:03−3735−3521
営業時館:9時〜20時L.O.
定休日:日、年末年始

外観は何度か直しているが、昭和の雰囲気がしっかり残る。店内は喫煙可。「たばこを吸いたいお客様が多いので」と郁代ママ。

店主の指田宏明さんとママ。郁代さんはご主人を紹介するのに、「とても温かい人です」と。短いが素敵な響きだ。

「米の飯に合うから。みなさん米が好きなんです」

洋食といえばハンバーグ、ハンバーグといえば洋食だ。目玉焼きも定番、デミグラスソースは庶民好み。

恰幅のよい主人がつくりだす、白米が進むテッパン洋食の味。

鉄板で供されるハンバーグや分厚くカットされた生姜焼きから発せられるパチパチという音。立ち上る洋食然とした香りに、食欲は制御不能に陥る。「ぐりる スズコウ」が、多くの料理を手間がかかる鉄板で供するのは、老舗のプライドがなせる技だ。主人・鈴木貴雄さんの恰幅のよい容姿と動きも食欲を後押しする。店を訪れる常連はみんな優しいと、鈴木さんは微笑む。

「昼時の混んでる時間帯に、常連さんの中には、『俺のは後回しでいいよ』なんて言ってくれる方もいらして、そんなお客様に甘えながら店を続けてます」

店が創業したのは1964(昭和39)年、ナイフとフォークで食事をするのが珍しかった時代から続く洋食屋では、かつて見られた、客と店との麗しくもゆるい関係はいまも健在だ。

●ぐりる スズコウ
東京都大田区蒲田5-6-8
TEL:03−3731−5029
営業時館:11時30分〜13時30分L.O.、17時〜20時L.O.
定休日:土、日、年末年始

カニクリームコロッケ。昔ながらの洋食屋が好まれる理由を「米の飯に合うから。みなさん米が好きなんです」と鈴木さんが分析。

オープンキッチンで颯爽と料理をする鈴木さんの姿は、見ていて気持ちがいい。また、その動きが、不思議と料理をおいしそうに感じさせる。

イワシを食うなら蒲田へ、蒲田へ行ったらスズコウへ。

イワシ刺し。これを食べないことには、スズコウでの飲みは始まらない。

どんな高級魚にも負けない、工夫を凝らしたイワシ料理。

話好きの母、笑顔が素敵な父、人当たりのよい息子さん。その3人で営むのが、1969(昭和44)年創業の鳥料理・イワシ料理「スズコウ」だ。開店当時、イワシ料理というジャンル自体がなかったと初代鈴木登志正が言う。

「美味くて安価なイワシをなんとか料理として出せないかと、あれこれ考えて生まれたのがいまのメニューなんです」

基本的に一年中手に入る魚。季節により、さまざまな地方から入荷がある。

「いまの季節は青森産。年に一度入る瀬戸内海ものは、最高に美味いですよ」

取材当日のイワシは青森産だったが、その味は驚きだった。新鮮な刺し身は青魚とは思えないよい香りが酒を進ませる。たっぷりと油がのった一切れは、旨味が舌を覆い尽くす感じだ。

●スズコウ
東京都大田区蒲田5-18-14
TEL:03−3738−4458
営業時間:18時〜20時L.O.
定休日:日、年末年始

初代の登志正さん(右)と息子の登代秀さんは信頼できる料理人。2人の連携で供される料理で、腰を据えて飲みたい。

イワシ揚げ盛り(小)は、竜田揚げ、胡麻揚げ、香り揚げの3種。

隠れ家のような店でリラックスしながら一杯。

ブラックニッカのボトルとロックグラスが、黒いデコラ貼りのカウンターによく似合う。日本における伝統的なウイスキーは、口当たりよし。

モダンジャズのレコードが、隠れ家のような空間に流れる。

「直立猿人」は1975(昭和50)年、ジャズ喫茶がジャズバーへと移行していった時代に創業した隠れ家のような店。初代マスターは蒲田好きで、店名はチャールズ・ミンガスのファンだったことに由来。朴訥な2代目マスター石﨑昌也さんが静かな口調で話す。

「音楽を聴き込んだりジャズ論を戦わせるのではなく、酒を飲みながらリラックスして音楽を聴いてほしいですね」

モダンジャズのレコードが回る店内で、お喋りをしながら酒をちびちび。気持ちのよい時間が流れていく。つまみもシンプルで、ウイスキーもバーボンなど4種類。懐かしいブラックニッカのボトルを、キープする常連も多い。ホームページに記される平凡だが凛と響く文章を最後に。

「マスターが店を引き継ぎ、……変わらずにモダン・ジャズを鳴らし続けています」

●直立猿人
東京都大田区西蒲田7-61-8 3F
TEL:090−08726−1728
営業時間:18時〜24時
定休日:日、祝、年末年始

細い階段を3階まで上がり、少し小さめのドアを開けると、右にマスターが、正面には2000枚のレコードが手づくりの棚に。

アンプはビクター、ターンテーブルはパイオニア、スピーカーがヤマハ。オーディオに凝らないと言う石﨑マスターだが、音は最高にいい。

※こちらは2020年12月15日(火)発売のPen「昭和レトロに癒されて。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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