金沢で最古の酒蔵「福光屋」では、米と水のみを用いる純米づくりの酒の魅力を身近に感じてほしいと、毎年10月から4月にかけて蔵内を公開している。酒離れが進んでいるといわれる時代だが、日本にはたしかに誇れる酒文化が受け継がれている。食中酒としての日本酒の魅力は、米と水というシンプルな出合いから生まれる酒にこそ宿るはずだ。米と水による発酵の過程、質こそが重要であるに違いない。
現在、米と水だけを用いた純米酒の生産量は日本酒全体の20%に過ぎない。戦後の食糧難の時期、米を酒造りに回すのがもったいないという事情のなかで「米を使わない酒造り」を、つまりは醸造アルコールや糖類などを加えた酒造りを国が推進した背景がある。だが、かつては日本酒の独壇場だったアルコール飲料市場において、ビールや焼酎、ワインなどのシェアも高まり、日本酒は危機的状況に陥った。
そこで福光屋では、古くから日本で飲み続けられてきた日本酒が未来に向けてどうあるべきか、自らに問いかけた。酒造りの歴史を見つめ直し、かつてのように米と水だけを用いた純米酒造りに専念すべきではないか、と。良質な米を安定的に、豊富な量で確保するため契約農家とともに土づくりから取り組み、信頼関係を築いてきた歴史もある。そして、添加物を用いた酒造りを徐々に減らし、純米酒だけを造る酒蔵となったのだ。
金沢の純米酒と金沢おでんとの相性。
「蔵に入って仕事をするのが蔵人ですが、実際に酒造りをしているのは蔵人ではなく、麹や酵母といった微生物たちです」と、杜氏の板谷和彦さんは話す。「微生物が米を発酵させて、酒を生み出すんです。ですから私たちは、麹や酵母が気持ちよく発酵するようにお手伝いをしているにすぎません。健康に育ったトマトなんかが美味しいのと一緒だと思うんですが、麹や酵母が健全に発酵してできたお酒は美味しいですし、そういうお酒こそ安全だと考えています」
味を整えるために他のアルコールや糖類などを加えることは一切ない。「櫂入れ」という作業で攪拌したり、温度調整を行ったり、適切な発酵へと促すために気を抜くことなく酒母の状態を見続ける。400年に及び発酵と真摯に向き合ってきた歴史を持ち、300種ほどの酵母を保有する福光屋には、米と水だけで様々な味わいや香りの酒造りが行えるだけの知識と技術が蓄積されている。
蔵元見学を終え、福光屋から徒歩1分ほどの場所にあるおでん屋「若葉」に向かった。石川県は過去に、人口に対するおでん屋の軒数が全国で一位だと某テレビ番組で紹介され、「金沢おでん」の名で注目されるようになったのだが、「若葉」は昭和10(1935)年創業の老舗、代表店の一軒だ。ここで熱燗を頼むと、福光屋の「福正宗」銀ラベルの燗酒をコップ並々に注いでくれる。
ほろりと口の中でほぐれる人気タネの「いわしのつみれ」とともに、燗酒を飲む。程よい温度の「福正宗」は、ほんのり米の甘みを感じさせながら、切れ味のいい爽やかな後味が特長だ。「バイ貝」や「ふき」、白味噌を乗せた「大根」。歯ごたえのあるはんぺんのような「ふかし」に「竹の子」も捨てがたい。おでんも酒もスイスイと進むのは、良質な米と水から生まれた純米酒が、やはり地元の風土に育まれた食と出合ったからではないだろうか。伝統技術は土地の環境条件と深く結びついており、その発展が地域の文化を形成していく。蔵元を見学した後、地元の料理で純米酒を味わえば、食文化の形成もやはり同様であることを実感できるはずだ。
福光屋 蔵元見学蔵内コース
開催期間:2019年10月16日(水)〜2020年4月中旬
※実施曜日は、祝日を除く火、水、木、金、土曜
開催場所:SAKE SHOP福光屋 金沢店
石川県金沢市石引2-8-3
TEL:076-223-1117
開始時間:15時
※所要時間90分
参加料:¥1,000
※予約方法、注意事項などはホームページを要確認
https://www.fukumitsuya.co.jp
https://www.fukumitsuya.co.jp/guidedtour/