2018年10月、紆余曲折を経て豊洲市場が開場しました。江戸時代初期に誕生した日本橋魚市から始まった魚河岸のシステムは、「江戸前」というブランドを生み、いまここに引き継がれようとしています。元来は「うなぎ」を意味したと言われている「江戸前」。ここでは極上の江戸前うなぎを食べられる名高い老舗と、新たなスタイルの注目店を紹介します。
風格ある座敷で、秘伝のタレが染みた変わらぬ味を。
黒塀に囲まれた木造一軒家は、まるで料亭のよう。広々とした個室の座敷で年代物の調度品を眺めながら「うな重」を待てば、店の歴史に興味を抱かずにはいられません。
「明神下 神田川本店」のうなぎは注文後に蒸し始めるため、待つこと20分ほど。その間に11代目店主の神田茂さんに由来を尋ねれば、初代は江戸幕府の賄い方を務めていた人物。幕末に武家株を売り、流行りの蒲焼きを売る屋台を始めたのが最初で、当初の屋号は「深川屋」だったといいます。場所は万世橋付近でしたが、店名を改め明神下に移ったのは明治3(1870)年。蒲焼きのタレは、継ぎ足し継ぎ足し当時から使われているもの。
「タレはうなぎ屋の命ですからね。戦時中は人より先に疎開させたと聞いています」
うな重は、すっきりした甘辛さも、蒲焼きのやわらかさも、正統派の関東風。材料も製法も道具も、なるべく昔のままです。
「いまは竹串も団扇も炭もいいものが手に入りにくいので、きつい部分はありますけど、踏ん張っています。変えることはできますが、私はこの味を残したいんです」
老舗を守る店主の矜持が、心に沁みます。
明神下 神田川本店
東京都千代田区外神田2-5-11
TEL:03-3251-5031
営業時間:11時30分~14時30分、17時~21時30分
定休日:日、月、祝
創業から200年、しなやかに現代の嗜好を取り入れる。
「鰻 蒲焼 駒形 前川」の創業は文化文政期。嘉永5年発行の『江戸前大蒲焼番付表』には、東の前頭にその名を見るほど江戸の昔より名店として名を馳せてきた老舗「前川」。「もとは川魚問屋だった店を、初代勇右衛門がうなぎ屋に転じたと聞いています。当時は、柳橋芸者を連れ、舟遊びした後、墨田川から舟で乗り付ける粋客もいたそうです」とは、7代目の大橋一仁さん。
隅田川沿いに立つ堂々たる佇まいは、いまも往時の名残を忍ばせます。入れ込みの大広間に座り、大川の流れを眺めながらうなぎの焼き上がりを待つ。そんなゆったりとした時の流れを愛した文化人のひとりが池波正太郎。著者『むかしの味』には、この店の名がたびたび登場しています。昔は天然うなぎを扱っていたものの、時代の流れには勝てず、現在は養殖ものを使っています。しかしそこは老舗の意地。餌と飼育方法にこだわるブランドうなぎ「坂東太郎」を使用。それというのも、質の悪いうなぎを使うとタレの味が落ちてしまうから。創業以来200年、継ぎ足し続けてきたタレはまさにうなぎ屋の家宝。醤油とみりんのみのキリッとした味が、ふわっとやわらかな蒲焼きの品のよい旨味を引き立てます。
「蒲焼きに赤ワインも結構合いますよ」と7代目。伝統は崩さず、それでいてしなやかに現代の嗜好を取り入れる。長年、愛されてきた理由がそこにあります。
「野田岩」出身の若手が供する、和魂洋才のうなぎ料理。
2018年6月に「うなぎ時任」をオープンした時任恵司さんは、麻布の名店「野田岩」で15年間修業し、パリ店の料理長も務めた気鋭の若手。夜のおまかせコースは会席料理のように先付、お造り、八寸という流れで始まり、中盤から独創的なうなぎ料理が登場するのが特徴です。たとえば八寸の中の「うなぎのスモーク」は、ドイツの“燻製うなぎ”をヒントに、生のうなぎをスモークしたもの。「うなぎの赤ワイン煮」はフランスの“うなぎのマトロート”をアレンジした定番で、うなぎを煮込む前に素焼きし、フォアグラをのせ、ポルト酒のソースを添えて出されます。時任さんがこうした料理をつくる背景には、ヨーロッパで現地の食文化を学んだ経験と、“うなぎ屋の料理を進化させたい”という思いがあるといいます。
「伝統を守ることは大切ですが、私は日本料理店が進化しているように、うなぎ屋も進化する余地があると思うのです。うなぎは下処理さえきちんとすればどんな料理にも使える魚ですから、仕込みの基本を守り、さまざまな料理へと派生させたいですね」
コースの締めは、「うな重」または「蒲焼きとごはん」。蒲焼きはタレでうなぎの味を隠さないように、素焼きの段階でしっかり焼いて旨味を出すのが時任流です。愛知県三河一色産のうなぎの旨味と、それを引き立てるタレのハーモニーを堪能しましょう。
うなぎ時任
東京都港区麻布十番2-5-11
TEL:03-6812-9671
営業時間:12時~14時(売り切れ終い)、18時~22時
不定休 ※コースは要予約
創業時より独自のこだわりを貫く、孤高の名店。
都内の有名うなぎ屋で修業した鈴木良一さんが地元の調布で独立し、もうすぐ20年。「カップルや若い女性に来てもらえるうなぎ屋」を目指してつくられた「鈴木」のカウンターはいまや食通のプラチナシートですが、ブルース・スプリングスティーンのBGMが流れる店の空気感は変わっていません。
お任せ料理は、愛知県・三河一色の産直うなぎが主役。先付や刺身に続いて出される「串焼き」は脂ののったうなぎの旨味が濃厚で、酒の進む逸品です。焼きたての白焼きを大葉やネギとともに大根で巻いた「タタキ」は、ポン酢をつけるとさっぱりして、大根の歯応えも心地よいオリジナル料理。見た目は斬新ですが、「うざく」をイメージしたと聞けば納得の、親しみやすい味です。「仕込みは江戸前の伝統的な方法にこだわりますが、形式にはこだわりません」という、鈴木さんらしい一品でもあります。
締めの「うな丼」にのった蒲焼きは、こんもりした白飯のかたちに沿って、両端がしなるほどのやわらかさ。そのふわりとした食感と、うなぎの風味を隠さない程度に甘辛いタレのバランスが絶妙です。
デザートまでの所要時間は約3時間。「お客さまが入店してからうなぎを割くためお待たせしますが、これがいちばんおいしく出せる方法なんです」という店主の言葉を信じ、余裕をもって訪れてほしい。
鈴木
東京都調布市布田1-50-1 マルコート調布第3-A
TEL:042-498-0520
営業時間:18時~22時30分前後 ※要予約
不定休
…以上、「待ってでも食べたい、都内の江戸前うなぎ厳選4軒。」でした。こちらの記事は、2019年Pen1/15号「江戸前の流儀。うなぎ/天ぷら/鮨」特集からの抜粋です。気になった方、ぜひチェックしてみてください。アマゾンで購入はこちらから。