アフリカ出身デザイナーの服に驚嘆し、アフリカの色柄に心躍る時代を迎えて。
ファッション連載「着る/知る」の101回目となる、今回のテーマはアフリカ。西アフリカ出身でロンドン在住デザイナーが手掛けるメンズブランド「ラブラムロンドン(LABRUM LONDON)」と、アフリカンテキスタイルでつくられる日本の小物・軽衣料ブランド「クラウディ(CLOUDY)を取り上げる。注目ポイントはどちらも、都会的でスタイリッシュなこと。行動が制限されストレスが溜まりがちないまの社会情勢の中で、身に着けて生活したい解放感と楽しさに満ちている。
近年のファッション界で、重要なキーワードが “ダイバーシティ” である。ショーやルックのモデルも有色人種が大幅に増え、体型も痩せ型から太めまで千差万別。着る男女の性別すらも問われなくなった。ボーダーレス化の流れは加速し、ヴァージル・アブローのようなスターデザイナーの台頭もあり、とくに黒人層の活躍が目立つ。2019年に南アフリカ出身のテーベ・マググが「LVMHプライズ」のグランプリを受賞したことも象徴的だ。
ここに紹介するラブラムロンドンを手がけるのは、小国シエラレオネ生まれのデザイナー、フォディ・ドゥンブヤ(Foday Dumbuya)である。同国はレオナルド・ディカプリオ主演の社会派映画「ブラッド・ダイヤモンド」の舞台になった国だ。家族でイギリスに渡ってロンドンのファッション学校に通ったドゥンブヤの服は、サビルローのテーラリング、イギリス軍のミリタリーウエアといった紳士服のグローバルスタンダードに基づく。服のバックボーンやカルチャーについては、次ページのインタビューをご覧いただくとして、まずはアイテムの魅力を探っていこう。
すべてが入念に計算された服。それがラブラムロンドンを手に取り、着て実感する印象だ。目を引くグラフィカルな色や図案はオリジナリティにあふれ、日本人が着ても違和感なく馴染む。裾が左右非対称になったヘンリーネックシャツはビンテージ好きをニヤリとさせ、オーバーオールは実に上品な顔つき。生地は麻、コットンといった天然素材の中から高品位なものが選ばれ、ハイモードの風格にも決して劣らない。さらに製造担当はイギリスの工場だ。
着るとよくわかるのが、ポケットの丸みや配置の仕方、ボタンの付け方などの巧みさである。人を洒落た印象にする最適なバランスでディテールが整えられている。おそらく一着一着をデザイナー自身が着て、微調整を繰り返した結果だろう。同じくロンドンでファッションを学んだデザイナーにドイツ人のフランク・リーダーがいるが、彼が作家または芸術家の呼び名が似合うクリエイターなのと同様に、ドゥンブヤも体温のあるモノづくりに力を注いでいる。
「移民であることがアイデンティティ」by フォディ・ドゥンブヤ
ラブラムロンドンのキャッチコピーは、「Designed by an Immigrant(ある移民によるデザイン)」である。ファッションを通じてアフリカ文化への理解を深める活動を続けるドゥンブヤに、メールで幾つかの質問を投げた。ほどなく返ってきた丁重な答えを、一問一答形式でご覧いただこう。彼の熱い思いが伝わってくるはずだ。
★シエラレオネ、または西アフリカの文化を、どのように服に取り入れていますか。
「洋服のコンセプトやシェイプは、リアルクローズを意識しています。英国軍のミリタリーウェア、サビルローのテーラードジャケットやシャツなどです。その中で西アフリカで太古からお金として使われていたタカラガイをボタンで表現したり、シエラレオネの首都フリータウンで信仰の対象となっている大樹コットンツリーをプリントのモチーフにしたり。ただ私がクリエーションで重要視しているのは、シエラレオネで暮らす人々が普段の生活で身に着けている衣服です。使い古されたコットンやリネンのシャツやトラウザーズが自然に存在し、とても美しいのです」
★ドゥンブヤさんがファッションデザイナーになったのは、どのような経緯からですか。
「私は小さい頃から物語と洋服が大好きで、ずっとファッションの世界に飛び込みたいと思っていました。しかしファッション文化が根付いていないシエラレオネで、両親は私がもっと安定的な仕事に就くように促していました。この先、移民としてロンドンで暮らすことの大変さをよく理解していたからです。でも私はファッションの道に進み、過去の経験がコレクションの軸にある ‘Designed by an Immigrant’ のキャッチコピーに大きな影響を与えています」
★子どもの頃から外国に住んでいますが、出身国を大切に思うのはなぜですか。
「私のクリエイションにはシエラレオネを中心とした西アフリカの文化がとても深く根付いています。内戦による医療の崩壊、紛争ダイヤモンドビジネスを手引きする腐敗した政府、黒人奴隷の歴史など西洋で語られていない事実がとても多くあります。このような悲しい歴史もありながらフリータウンの海岸や、黒人奴隷解放の象徴となったコットンツリーなど、とても美しい自然や文化があるのもまた事実です。日本では悲しい歴史の方が知られているのですよね?? 西アフリカの悲しみや喜びの歴史と現実の両方を伝えることで、西アフリカ文化と西洋文化の懸け橋になることが少しでも出来たら素晴らしいと感じています。また私のアイデンティティの中で、もう一つ重要と信じているのが移民であるということです。私にとってロンドンの移民コミュニティはとても大切なもの。属している多くの人は音楽、アート、ファッションのクリエイターです。ですが世界中にいるその友人たちが、メディアによってネガティブなイメージにさらされています。それをファッションを通じてポジティブな物に昇華したいと願っています」
★日本のデザイナーで好きな人や影響を受けた人がいれば教えてください。
「ビズビム(VISVIM)の中村ヒロキさんが私のアイドルです。彼の様々なテキスタイルをコレクションのストーリーに融合させる方法、また細かなディテールに対する情熱的なアプローチが大好きです」
話の中で彼は、アフリカの負の側面だけがパブリックイメージとして流通しがちな点に言及している。仲間のクリエイターの創造活動にバイアスが掛かることへの危惧。だが幸いにも、ラブラムロンドン自体にはその心配がなさそうだ。なぜならどの服も奥行きが果てしなく深く、そのようなブランドは世界中を見回しても決して多くないからである。
アフリカを支援する、日本ブランドのクラウディ
インドネシアのろうけつ染め(バティック)「ジャワ更紗」をルーツに持つアフリカのプリント柄は、幾何学が連続する色彩の競演だ。その美しさからモードファッションにもよく使われる。ただし我々が目にしやすい高級品は意外にもアフリカ製でなく、植民地時代に現地にインドネシアの生地を運んだ経緯があるオランダ製が多いようだ。歴史が複雑に絡み合うので何を基準に本物とするかは判断しにくいが、ガーナのように自国でオリジナル柄を手がける国もある。
そのガーナとケニアに縫製工場や生産拠点を構えるのが、日本のクラウディ(CLOUDY)だ。現地に雇用を生み出し、学校をつくり、食料支援も行っている。営利企業とNPOを同じ組織が運営することで、収益をサポート活動に振り分けている。両国でデザインされた柄をモダンなアイテムに落とし込むクラウディは、ファッション性が高く日常に溶け込む。
ジェンダーレスなラインアップの中で、とくに大人男性にお薦めなのがスリッパとマスクだ。どちらもコロナ禍における新生活の必需品であり、華やかな色柄がふさぎがちな気分を晴れやかにしてくれる。さらに、「同じ入手するなら社会的意義のあるものを」と考えてアイテムを選ぶのも、極めて現代的な考え方だ。
現在はロックダウンによって、人同士の交流が大幅に制限される世の中になった。一方でテレビやネットでは連日、世界中の多様な生活が紹介されている。ダイバーシティが身近になったこの情勢の中で、ヨーロッパやアメリカに憧れてきた我々のファッション感にも変化が出てきたように思う。民族の手工芸的なモノづくりや伝統的な色柄こそが、心を潤す鍵になるかもしれない。