気分に応じて場所選び。ワンルームのワークスペースを使い倒す

  • 写真:齋藤誠一
  • 編集&文:山田泰巨
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テラス、ソファ、デスクと気分や内容に応じて移動可能な空間はコロナ禍以前より考えていたもので、改修時にも希望を伝えていた。

東京工業大学で国際政治学を教える研究者の川名晋史さんは現在、学部と大学院で週に1度のゼミと、週に2度の授業を受け持つ。学生への授業はウェブ会議サービスのZoomを使い、6月までは自宅のみで行ったが、現在は大学と自宅を使い分けているという。

「使い分けに明快な理由はなく、気分次第です。もともと一カ所にとどまって仕事をするのが苦手で。文系の学者は昔からみかん箱ひとつで仕事ができるなんて言われていますが、コロナ禍以前からノマド的に働いてきました」

川名さんは資料が揃う大学の研究室を母艦にたとえ、以前から資料を持ち出してカフェや公園、自宅などを仕事場に使い分けてきたと話す。学生時代からノートパソコンを持って作業をしており、一度は一般企業に就職したもののオフィスワークが憂鬱で、研究職に進み直したくらいだと笑う。

「この状況下で自宅がワークスペースとして再定義されていますが、私にはもともとそのひとつでした。ワークスペースというより、選択肢のひとつという認識が近いかもしれません」

今年5月にリノベーションしたばかりの自宅はワンルーム的な構成で、住まいの中にいろいろなシーンがあることを重要視した。リビングのソファ、窓枠を利用したワークスペース、ベッドの脇に置いたデスク、そして広々としたテラスに置いたデッキチェア、これらはすべて川名さんにとってワークスペースだ。妻や子の不在時に限らず、在宅時でもヘッドフォンがあれば集中して作業ができるという。一方、大学の研究室はあえてブラインドを下ろした閉鎖的な空間にしている。気分に応じて場を選び、大学までは自転車で往復25㎞の移動を楽しむ。

「私の仕事は研究と教育ですが、研究においてはインプットとアウトプットの期間に分けることができます。沖縄の在日米軍基地を研究しており、くしくも今年は執筆期間に充てていたので問題はないのですが、研究のなかでアメリカの国立公文書館で調査を行う時期もあります。国際会議や学会も中止となり、状況が長期化すると研究で得られる内容への不安はあります」

一方、学生とのコミュニケーションは円滑になった。教育のあり方も変化していくだろうと推測する。

「大学の特性もあるでしょうが、学生たちはオンラインのコミュニケーションに長けています。授業では質問の回数が増え、その内容も向上しています。教壇での授業は教員と学生にヒエラルキーを生みますが、それがなくなったと言えるでしょう。むしろ以前は私が教室に入るのは最後でしたが、いまでは誰よりも早くZoomを立ち上げて学生を待たないといけません」

旧態依然とした仕組みの見直しが変化を生む一方、不安もある。

「授業や学会のリモート化で感じるのは、失敗のない展開が増えていることです。失敗によって得られる学び、コミュニケーションが生む偶発的な面白さ、そして発想を生む環境をどうしていくのか。今後も多くの変化があるでしょうが、新たな手段を見つけて適応していくことが求められているように思います」

キッチン、ダイニング、リビング、主寝室を一続きにした一室空間。水回りと収納、子ども室のみ別室に設けている。ディレクション・施工をNENGO、設計を入江剛史が担当した。

見晴らしのよいテラスやソファでは資料を読み込み、デスクやワークスペースでは執筆などの作業を行う。

リビング脇の窓枠に設けたワークスペース。