“イキイキした死体”と青年の奇妙な冒険物語、『スイス・アーミー・マン』が衝撃的です。
『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフが死体を演じ、オナラではじまりオナラで終わる。一体何のことやらと思われるかもしれませんが、『スイス・アーミー・マン』は本当にそんな映画です。物語の幕開けは、無人島。助けを求めても人っこひとりやって来ず絶望した青年、ハンクが首を吊ろうとしたその瞬間、波打ち際に流されてきたのは男の死体でした。ブブ~ッとオナラを奏でる死体にまたがってみると、まるでジェットスキーのように勢いよく沖へと出発! ハンクは無人島からの脱出に成功したものの、気づいたときにはまた別の島。死体を背負って大自然のなかに入って行くと、なんと彼は自分の名前をメニーと名乗り出すのです。
オープニングから観る者の度肝を抜くこの映画のタイトルは“スイス・アーミー・ナイフ=十徳ナイフ”の人間バージョン。尖った歯はカッターのようになり、マーライオン級に水を吐き出しハンクの喉を潤してくれる。しかもときには、おしゃべりの相手にもなってくれるという、驚きの多機能を備えています。旅は道連れ、世は情けというわけではじまった“ふたり旅”。そのなかでやがてハンクが抱える父への複雑な思いや、他者とうまくコミュニケーションできないことへのもどかしさが明らかになっていきます。ハンクを演じるのは、生きづらさを感じているナイーブな青年が似合うポール・ダノ。そしてダニエル・ラドクリフが“イキイキした死体”という形容矛盾を全身で引き受ける、とてつもない表現力を見せています。これまでもチャレンジングな役柄に挑んできた役者ですが、死体役のオファーを引き受けるセンスと気概を持つ若きスター俳優はそう多くはないのではないでしょうか。
次第に奇妙な友情を結んでいくふたりを見ながら、これが現実なのか夢なのか、本物なのかイマジナリーフレンドなのかなんてことはどちらでもよくなってくるのが、この映画の力強さ。旅の果て、ハンクがほかの誰でもない自分自身として生きる希望を見つけ出していくその瞬間にこそ、胸がしめつけられ、涙が出てくるほどの感動があるのです。ヘンテコな入口からはじまった物語は、思いもよらないエモーショナルなエンディングへ。単なる思い付きで終わってしまいそうなアイデアを忘れがたい青春映画に仕上げたのは、ミュージックビデオでキャリアを積んだ2人組のダニエルズ。映画界に進出した才能に触れ、早くも次回作が楽しみになりました。
『スイス・アーミー・マン』
監督:ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン
出演:ポール・ダノ、ダニエル・ラドクリフほか
2016年 アメリカ 1時間37分
配給/ポニーキャニオン
9月22日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。
http://sam-movie.jp