なぜ被害者は犯人に協力したのか?「ストックホルム症候群...
文:細谷美香

Profile : 映画ライター。コメディや青春映画から日々の生きるエネルギーをもらっている。クセが強くて愛嬌がある俳優に惹かれる傾向あり。偏愛する俳優はニコラス・ケイジです。

なぜ被害者は犯人に協力したのか?「ストックホルム症候群」の語源となった事件を描く映画『ストックホルム・ケース』

犯人のラースを演じるのはイーサン・ホーク。本作のロバート・バドロー監督とは『ブルーに生まれついて』(2015年)以来2度目のタッグ。人質となるビアンカを「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスが演じる。

誘拐事件などの被害者が犯人と長い時間を過ごすうちに、心理的なつながりを感じるようになる「ストックホルム症候群」。11月6日(金)に日本公開される映画『ストックホルム・ケース』は、その語源となった“スウェーデン史上最も有名な銀行強盗”を題材にしています。

ロバート・バドロー監督は、この1973年に起こった「ノルマルム広場強盗事件」を知り、「まさに“小説よりも奇なり”という事実に惹かれた」ことで、ニューヨーカーの記事を皮切りにさまざまなリサーチを重ねたと語ります。

「それぞれのキャラクターと人間たちの関係性にもすごく惹かれました。また、当時のスカンジナビアのユートピア的な空気が、暴力によっておびやかされるという背景も面白いと思ったんです。実際にストックホルムに行ってリサーチを始めると、裁判の記録や写真、記録映像を使ったドキュメンタリーなど、たくさんの情報を得ることができました。たとえばこの映画には、人質になったビアンカが夫と話し、子どもたちに食べさせる魚の焼き方まで指示するシーンがありますよね。資料にあの会話がそのまま記されていたわけではないので脚色といえば脚色ですが、夫との電話で『子供たちに魚を食べさせてね』『家を片付けてね』というように、生活に必要なことを伝えていたそうなんです。最初はそのことに驚いたのですが、人は危険な状況に置かれれば置かれるほど自分を“正常化”させたくなるものなんだな、と納得しました」

警察は催涙ガスの注入など、あの手この手で立てこもり犯を攻め立てる。

人質に配慮する犯人側と、強硬手段を取ろうとする警察側。その対立を描き出す物語が進むにつれて、犯人側にシンパシーを感じるようになる観客も多いかもしれません。

「それは僕の意図するところです。観客はビアンカの視点でこの世界を追体験しますよね。そして観ているうちに犯人側に感情移入するのは、まさにストックホルム症候群のような状態が始まっているということだと思います。自分の命を脅かされるような恐怖を感じていたのに、その翌日には一緒に逃げたいと思うようになるだなんて、ものすごくドラスティックな変化ですよね。なぜ犯人側と人質側が精神的なつながりをもつようになるのか、僕の中でもクリアな答えは見つかっていません。実際に自分の命がかかったサバイバルを経験しないと、本当のところは理解することはできないかもしれない。けれどもこの映画をつくって、僕自身は合点がいきました。ものすごくプレッシャーがかかる状況で生き延びなければいけないとき、人間は普段では考えられないような奇妙な行動をすることもあるのだと思います」

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