女優・長澤まさみが『MOTHER マザー』で見せる、親子の根源的な欲求と愛のかたち。

  • 文:細谷美香
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文:細谷美香

Profile : 映画ライター。コメディや青春映画から日々の生きるエネルギーをもらっている。クセが強くて愛嬌がある俳優に惹かれる傾向あり。偏愛する俳優はニコラス・ケイジです。

女優・長澤まさみが『MOTHER マザー』で見せる、親子の根源的な欲求と愛のかたち。

実話を元に描かれた本作は、親子の「共依存」もテーマになっています。©2020「MOTHER」製作委員会

シングルマザーの元で学校にも通えずに育った少年が、やがて殺害事件を起こしてしまった実話から着想を得て生まれた映画、『MOTHER マザー』。『光』『タロウのバカ』など話題作を手がけてきた大森立嗣監督が、息子に執着する母親と、母親が世界のすべてとも言える息子との関係を描きました。主演の母親を演じたのは、長澤まさみ。これまでには見せたことのないいくつもの表情を、スクリーンに刻み込んでいます。

ゆきずりの男たちと関係もち奔放な生活を送るシングルマザー、秋子。彼女の息子、周平は学校にも通えず、母親とその男と各地を転々としながら生活を続けます。やがて親子はホームレスになるまでに落ちぶれ、周平はある“凄惨な事件”を引き起こすことにーー。

大森監督は今回の制作をこう振り返ります。「社会からはみ出た女性を長澤さんのようなスターが演じるのは、簡単なことじゃないと思うんです。だからこそ、この役をやりたいと言ってくれたことに強いメッセージを感じました。俺自身が、彼女のその気持ちに負けないような映画を作らないと、って」

現場では目の前にいる俳優さんたちを徹底的に信頼するという大森監督。「頭で作り込んできたものも大事だけど、いまこの瞬間に触れて、感じたものを表現してほしいんですね。ある種ドキュメンタリー的な作り方なので、長澤さんは戸惑ったのかもしれない。ヒステリックになるシーンで声が高くなることを気にしていたときには、技術的なことに気をとられるよりも、“生きる”ってことを失わないようにすることの方が大事だと伝えました」

大森監督の現場で求められるのは五感に対して素直に、心を動かすこと。息子の周平を演じた新人俳優、奥平大兼も「自分が感じたままの、嘘のない芝居」を見せてくれたと語ります。実際にあった事件を描く時、“再現”ではなく“映画”にするために必要なのは「俳優という生身の人間が感じたことを表現する瞬間」だと語り、社会的には許されない罪や、母子の共依存とも言える関係を裁くことなく描き出した大森監督。「この映画を見て、社会からこぼれ落ちた子どもを救うセーフティネットがもっとあれば……と感じる人もいると思うんです。それももちろん大事なことだけれど、一方では最後まで“母さんのことが好きだ”っていう根元的な欲求と愛も大事なんですよね。映画は社会を描くものであり、そういうロマンティックな部分も描くものだと思っています」

秋子と内縁の夫になるホスト・遼を阿部サダヲが演じた。©2020「MOTHER」製作委員会

母親と各地を転々するうちに周平には妹ができ、幼い妹の面倒も見るようになる。©2020「MOTHER」製作委員会


『MOTHER マザー』

監督/ 大森立嗣
出演/長澤まさみ、阿部サダヲ、奥平大兼ほか
2020年 日本映画 2時間6分
TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中。
https://mother2020.jp