一見、近代的に様変わりしたように思える蒲田。だが、街にはかつて存在した人の情や大らかさを心の奥底に秘めた主が営む店が昔のままで残っていた。
まるで生き物のように、街は姿を変え続ける。しかし、いいものは必ずや残るのもまた事実だ。おそらく絶滅危惧種と言っても過言ではない「デパートの屋上遊園地」が、蒲田駅西口にある。「かまたえん」と銘打たれた東急プラザ最上階に、小さな観覧車が悠然と回っているのだ。
ある一定年齢を超えた者にとっては、幼少の頃の記憶に鮮明に刻まれているはずの風景。2014年に色を塗り替えるなど手を加えられてはいるが、郷愁を禁じ得ないその勇姿は健在だ。
街に目を転じると、昭和の記憶を呼び起こす店が点在する。西口のバーボンロードと呼ばれる通りのJR蒲田駅寄りにある一角は、くいだおれ横丁と呼ばれる。そこで51年店を張る天ぷら屋「天義」の主人が往年を振り返る。
「ラーメン、釜飯、牛丼、スパゲティ屋なんかもあった。残ってるのはうちと釜飯屋さんぐらいかな」
その先のバーボンロードには、新しい居酒屋も並ぶが、時代を感じさせるスナックや焼き鳥屋も頑張っていた。年季の入った遺構の様相を呈するのが、「鳥万」の4階建て自社ビル。社長の奥山稔さんは、いささかクールだ。
「うちは蒲田らしいって言ってもらえるけど、『僕がなんとかしなきゃ』みたいな使命感はあまりないんですよ。ただ、ここは親父が始めて育てあげた店。『親父が好きだった鳥万』を無くしたくない気持ちは強くありますよ」
過去を受け継いだ者の静かな使命感が、街の「らしさ」を保っているのだ。
東口にも風情ある店が残る。飲み屋が多い「東口中央通り」の先にある「チェリー」は、古きよき喫茶店だ。ママの指田郁代さんが、昔を振り返る。
「昭和の頃、この辺りには映画館もたくさんありましたが、喫茶店も多く、20軒近くあったんじゃないかしら」
そんな場所に溶け込むように店を開いたのが66年前のことだ。喫茶店の中で唯一残ったチェリーの存在は街の「色」を保つのに一役買っている。東口中央通りとその近くに、2軒の「スズコウ」がある。鳥料理とイワシ料理の店「スズコウ」の主人鈴木登志正さんが、穏やかな笑顔を浮かべた。
「1964(昭和39)年頃、この通りは『家族通り』でした。ラーメン屋や寿司屋、釣り道具屋、洋服屋などが並び、家族で買い物して飯を食べる場所でした」
かつての蒲田を語る店主たちの目は、どれも穏やかに澄んでいた。言葉の端々から垣間見えるのは、この街に対する愛だ。街の変化を温かく見守りながら、変えずに守ってきた店に誇りをもつ。それができるのは、「蒲田愛」に裏打ちされた自らの街に対する自信の表れに他ならない。
※こちらは2020年12月15日(火)発売のPen「昭和レトロに癒されて。」特集よりPen編集部が再編集した記事です。
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