1929年にニュージャージー州ノースプレインフィールドに生まれ、アメリカを代表するジャズ・ピア二ストとして知られるビル・エヴァンス。彼が80年に51歳の若さで亡くなってから、早くも40年の月日が経とうとしています。そしていま、エヴァンスの生誕90周年を祝う、衝撃的インパクトをもつドキュメンタリー映画が公開されています。映画の題名は『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』。ジャズの活気と人生の悲劇が織り成す驚異的なドキュメンタリーです。
監督を務めるのは、アメリカの放送局、CBSでドキュメンタリー番組を長年制作してきたブルース・スピーゲル。彼は84分間のフィルムを、無駄のない構成でつくり上げています。スピーゲルはこの作品で、エヴァンスが作曲した「ワルツ・フォー・デビー」などの演奏のドキュメントを全編にちりばめて音楽ファンの心をつかみ、一方でエヴァンスの関係者へのインタビューを積み重ねていきます。親族、当時の友人、恋人、そして共演したジャズ・ミュージシャンたち。スピーゲルは、制作に8年もの歳月をかけました。
浮かび上がってくるのは、エヴァンスの人生の明と暗です。チャイコフスキーやストラヴィンスキーなど、母から受けた近代ロシア音楽の影響。類まれな演奏家・作曲家としての才能は、マイルス・デイビスをも驚かせ、ジャズ史上世紀の傑作といわれるデイビスのアルバム『カインド・オブ・ブルー』を生みだす力となりました。また、ベースのスコット・ラファロとドラムのポール・モチアンとのトリオで演奏した、ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードでの伝説的なライブ録音は、モダン・ジャズの金字塔となっています。その一方で、彼の人生の悲劇的出来事の連鎖は運命としかいいようがありません。盟友ラファロの交通事故死、恋人エレインの自殺、そして兄の自殺。止めることができなかった薬物常習癖。
最終的に彼の命を奪ったともいえる薬物常習については、この映画に登場する誰もが批判をしています。しかし、エヴァンスが残した音楽、60作以上のアルバム作品については全員が賞賛を惜しみません。実際、エヴァンスは5回グラミー賞を受賞しています。べーシストのゲーリー・ピーコックは言います。「彼がジャズに与えた影響は100年は続く」と。歌手のトニー・ベネットは、エヴァンスが電話で最後に話した次の言葉を覚えています。「美と真実だけを追求し、他は忘れろ」。聞こえてくるピアノの音が、心に突き刺さるドキュメンタリー映画です。
『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』
監督/ブルース・スピーゲル
出演/ポール・モチアン、ジャック・ディジョネットほか
2015年 アメリカ映画 1時間24分
アップリンク吉祥寺・渋谷ほかにて公開。
http://evans.movie.onlyhearts.co.jp