見返すいつかの未来に、写真は真価を発揮する。
浅田政志
写真家
浅田政志は、家族写真の概念をひっくり返した。戦隊ヒーロー、バンドマン、消防士。自身と両親、兄でさまざまな職業の人々になりきって撮影した作品を収めた写真集『浅田家』で、2009年に木村伊兵衛写真賞を受賞。その『浅田家』と『アルバムのチカラ』を原案に、浅田の半生を描いた映画『浅田家!』が、10月2日から全国公開される。主人公の浅田を演じるのは二宮和也。監督は中野量太だ。
写真界の大きな賞に輝き、40代初めで半生が映画化。点で見ればこの上ないキャリアだが、その間にはつまずきや葛藤があった。『浅田家』の刊行後、浅田は一般の家族を撮影する企画を始める。家族写真の魅力をより探求したかったからだ。結婚、出産、病気。さまざまなきっかけから浅田に依頼した家族の思いに添い、全力で撮影した。
「多くの出会いがありました。でもしだいに悩んでいったんです。寄り添いたいと思っても、大きな悲しみを抱えているご家族もいる。自分になにができるのだろうという思いが強くなって」
最近、やっと少し答えが見えてきた。明るく飄々としている浅田だが、話す時はじっくり言葉を選ぶ。うまく言えないけど、と一呼吸置いた上で語った。
「僕がというよりは、写真がなにかしてくれるんじゃないかという期待に変わったんです。撮影した作品は額装してご家族にプレゼントするのですが、写真は見返す時期によって見え方が変わる。だから僕としては渡す日がフィニッシュだけど、写真が真価を発揮するのはいつかの未来なんです。見返すのはつらい日かもしれないしハレの日かもしれない。そのタイミングで写真がご家族によいメッセージを届けてくれたらいいなって、写真そのものの力を信じるようになりました」
11年の東日本大震災も大きな転機となった。震災後、写真家仲間と写真でなにかできないか話し合ったがまとまらず、写真は無力だと思った。それでも力になりたいと東北へ向かい、岩手県・野田村を訪れる。
「そこで写真を洗っている青年を見かけたんです。『写真洗浄ボランティア』という言葉もまだない頃です。すぐに話しかけ、お手伝いさせてもらいました。津波の被害を受けた家の写真を拾い、洗浄して、持ち主の元にお返しする。計り知れないほど大変な苦労をされている方が、一枚の写真を見つけ、喜んで持ち帰り大切にされている姿を見て、『写真は無力』と思った自分は間違っていたと思い知りました。何十万枚の中から一枚、亡くなられた方の写真が見つかると、本当にその方が現れたような空気が生まれるんです。一枚の写真の価値を教わりました」
そして今年の春。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下で、浅田は妻と息子と家族写真を撮った。48日間、家の中で毎日シチュエーションを変えて撮影し、SNSに載せた。震災の時は「見返す」写真の力を感じたが、今度は「撮る」べきだと思ったからだ。
「家族とこれだけ長く一緒に過ごしたことはいままでになかった。その幸せや健康に感謝したり、大変だなと思ったり、そういういま生きている姿を写真に撮るのはすごく大事だと思うんです。だから僕はこれからも家族を撮るし、少しでも被写体の力になるような写真を撮り続けたいですね」
見返すと思い出といまが交わり、胸が熱くなる。家族写真は不滅だと、彼の作品は教えてくれる。
※Pen 2020年10月15日号 No.505(10月1日発売)より転載
『アルバムのチカラ 増補版』
東日本大震災で津波に襲われた東北太平洋沿岸部、18年の西日本豪雨に見舞われた倉敷市真備町での写真洗浄活動を、ボランティアと並行し記録。映画『浅田家!』の原案に。
写真:浅田政志 文:藤本智士 赤々舎 ¥2,420(税込)