諦めの肯定感という、ゴールの先を見出した。
為末 大
元陸上競技選手
400mハードルの選手としてオリンピックに3度出場、世界選手権では日本人短距離種目初のメダル獲得と、アスリートとして輝かしい成績を残した為末大は、2012年に現役を引退した。現在はアジアのアスリートを支援する事業を展開する他、SNSやYou Tubeを通じて、深い洞察力と長く世界の第一線で戦い続けた経験に基づく知見を発信している。為末が目標達成へのプロセスを詳述した最新著書『ウィニング・アローン 自己理解のパフォーマンス論』は、ビジネスパーソンから早くも好評だ。
「目標に向けて計画し実行していく時には、ふたつの成長があります。ひとつは、筋肉がついた、記録が伸びた、など、これまでできなかったことができるようになること。もうひとつは、自分を知るということ。僕自身、諦めないで頑張り続けることが得意だと思っていましたが、苦しくなれば逃げたくなることもあった。自分にはこういう面があるのだと気付きました」
アスリートは少しでもいい結果を出そうと極限まで自分を追い込むため、深く自分を知ることになる。為末はそんな生活を22年間も続けた。この経験は、引退後の活動に活かされている。
「現役時代、僕は単調なことの繰り返しに弱いところがあったので、練習メニューの組み方を工夫していました。You Tubeチャンネルを開設した時もまず自分が飽きずに続けるにはどうすればいいかを考え、視聴者からの質問に答える仕組みにしたんです。だから無理なく毎日動画を1本ずつ公開し続けられています」
再生数に一喜一憂することなく淡々と続けていくことができるのも、現役時代の経験からだ。
「日々の些細な努力の積み重ねが何年か後に大きく実ることが何度もありました。大事なのは、自分が向かっていく先を見失わないことです」
一方で、努力だけでは通用しない領域があることも為末は知っている。
「僕は結局、金メダルを獲ることはできませんでした。それまではいちばん頑張っているのは僕だから、一位になるのも僕だ、という価値観で挑んでいたのに、こんなに努力してもうまくいかないことがあると知ったんです」
為末は、中学時代から日本のトップクラスの陸上選手として活躍し続けてきたが、トップを目指す過程で振り落とされてきた膨大な数のアスリートがいることに気付いた。
「トップになれなかった理由を努力不足で片付けるのは、厳しすぎると思いました。スポーツにも、もっと多様な評価があっていい。それが社会の寛容性につながるのではないでしょうか」
引退して、選手ではない日常を生きてみると、掲げる目標自体も、それに向かう道筋も多様なことを知った。
「お金持ちになりたい人もいれば、周囲の人を幸せにしたい人もいます。できないことがあっても、それは自分がだめだからではなく、自分に合わないからだという判断軸ができました」
目の前のレースではなく、別のレースを探そうと発想が変わったのだ。
「あれはあるけど、これがない。だったらどうしようか、と考えるようになったんです。いま僕が感じているのは、なにかを獲得して得られる肯定感ではなく、獲得できなくてもやっていけるという諦めの肯定感です」
トップアスリートはしなやかに、ゴールの先を見ている。
※Pen 2020年8月15日号 No.501(8月3日発売)より転載
『ウィニング・アローン 自己理解のパフォーマンス論』
陸上競技選手として素晴らしい実績を誇る著者が、目標設定の仕方から科学知識の活用方法、ライバルとの関係、引退後の人生などをアドバイス。自身を理解する大切さを説く。
為末 大 著
プレジデント社 ¥1,650