文化と社会の関係性を、当事者の目線で書く。
磯部 涼
ライター
磯部涼の『ルポ 川崎』は、2017年末の発売から着実に売れ続け、10刷に達した。近年のノンフィクション作品では、異例のヒットと言える。
「雑誌『サイゾー』で、最初は全国の不良少年について書く連載を予定していたのですが、事件があったことから川崎に限定したほうが濃密なものが書けるのではと思ったんです」
事件とは、2015年に起きた川崎中1殺害事件だ。多摩川の河川敷で中1の男子生徒が顔見知りの少年たちから刃物で幾度も切りつけられ落命した事件は世間を震撼させた。磯部はその川崎で生きる少年少女を取材し、連載「川崎」を執筆。その後、加筆して上梓したのが『ルポ 川崎』だ。
磯部の言う川崎は、川崎市の最南端にある川崎区を指す。再開発が進み、親子連れのイベントでも盛り上がる川崎駅の南側は、日本有数の工業地帯で、競輪場があり、歓楽街やドヤ街もある。
「工業地帯の中心部は、70年代で時代が止まっているような場所です。かつて川崎は労働者の街として知られていましたが、最近は再開発に伴って知らない人が増えているので、読者にとって意外性も高かったようです」
『ルポ 川崎』は、取材対象の少年たちに寄り添いながらも、事態を冷静に見つめる筆致が印象的だ。
「若い頃は、自分の仲間について書くというスタンスで対象との距離も近かったのですが、いまはもうそこまで入り込むことはなくなりました。ただ、子どもに対する親のような目線もあって、彼らがなんとかうまくいってほしいと思いながら書きました」
対照的なアプローチで取り組んでいるものが、現在『新潮』で連載中の「令和元年のテロリズム」だ。
「『ルポ 川崎』は、厳しい環境下で文化に可能性を見出す若者を書きましたが、この連載では、京都アニメーション放火事件など文化に可能性を見出せない人々が起こした事件を追っています。書いていてキツいものがありますが、大方の人間の現実はむしろそちらなのかもしれないと思うんです」
そこで意識するのは、当事者性だ。
「対象との距離はどうあれ、常に自分は何者かを意識して書いています」
10代から音楽ライターとして活動していた磯部は、当時から若者の文化が社会に影響を及ぼす様子を追うことに関心があった。1960年代のアメリカで生まれた、対象と積極的に関わりながら取材を行う「ニュー・ジャーナリズム」への興味も起因している。
「有名アーティストのプロモーション記事も書いていましたが、まだ発展途上にあるミュージシャンと一緒に遊んだり、ライブに付いて行ったり時間をかけて取材して書くのも好きでした」
突き詰めたいと思ったのは後者だ。
「90年代末からラップに興味をもって、ずっと追いかけています。ラッパーは街を描きます。関心が高まるにつれ地方の子たちもラップをやるようになって、取材対象が広がりました」
『文藝』では、「移民とラップ」なる連載にも現在取り組んでいる。
「かつては街に移民がいる光景がラップになっていたのですが、最近は、日系ブラジル人などの移民2世がラップを始めているんです」
文化と社会の関係を追い、現在進行形で書き続ける磯部は、最近音楽ライターではなくライターと名乗るようになった。現場のリアルな息遣いを、これからも拾い続ける。
※Pen 2020年3月15日号 No.492(3月2日発売)より転載
『ルポ 川崎』
川崎で、若者はなにを考え生きているのか。ラップやスケートボード、ヘイトデモに対するカウンターなど文化と生活がリンクする現地を追う。ヒップホップグループBAD HOPも登場。
磯部 涼 著
サイゾー ¥1,760