さまざまな違和感に、まっすぐ向き合って書く。
武田砂鉄
ライター
言葉がひとり歩きすることが増えた。たとえば発言力のある誰かが「自己責任論」を唱えるとたちまち伝播し、世の中のあらゆる事柄が自己責任で片付けられるようになってしまう。武田砂鉄が2015年に上梓した『紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす』は、そんな状況を鮮やかに切り取ってみせた。24時間テレビや高校野球の演出された感動などを例に、世間にはびこる予定調和に覚える違和感を示し、多くの読者の共感を集める。政治家や人気の芸能人にも容赦ない視線を投げかける武田の言葉は、読者が感じていたモヤモヤの正体を見事に明かした。
「地位や権力をもつ人たちが発する言葉の配慮のなさってなんだろうと思っています。拾わなくてはいけない火中の栗がたくさんあるので、ネタに困ることはなく、むしろ選び放題です」
武田が活躍するメディアは、新聞、雑誌、ラジオ、ツイッターと幅広い。ウェブメディア『cakes(ケイクス)』の「ワダアキ考」はもう5年以上続く長寿連載で、毎回テレビを賑わせている人をひとり取り上げ、独自の分析を行う。
「ウェブメディアでは、注目を集めた連載がたったの数回で終わることもよくあるんです。長く続けるには、毎回高いPV数を狙うより、ゆるくやることが大事だと思っています。だからときにはあえて誰にも読まれそうもない話を混ぜたり。まだやってるんだ、くらいがちょうどいいんです」
もちろん必要とあれば、素早く動く。浜崎あゆみの半生を描いた話題の書『М』は発売後すぐに取り上げ、『cakes』内トップのPV数を獲得した。
「いま知りたい人がいるはず、とスイッチが入ったんです。けれど即物的な記事にはしたくないので、古い本や記事にも目を通しました。ブックオフが好きで、普段から気になる芸能人の本を見つけるととりあえず買ってます」
メディアごとの書き分けや読者対象は、ことさら意識していない。取り上げる人物にも独特の距離を置き、自分が感じたことをストレートに書く。新聞で書簡のやり取りを1年以上続けた又吉直樹とは、互いのもつ緊張感が、却って素の部分を引き出した。
「お互いに距離がある状態で始まって、距離があるまま終わりました(笑)」
独立以降、武田の肩書は一貫してライターだ。コラムニストやジャーナリストを名乗る気はないのだろうか。
「寄稿先から『ライターでいいんですか?』と聞かれることもあります。でも僕は自分でインタビュー取材もしますから。ライターは定住地がない感じがしていいんです。それを舐められたら、それはそれで発見があります。この人はそういう見方をする人なのだと」
そんなところでも、世間の見方にしなやかに反旗を翻す。
「メディアの人たちをまだまだ信頼しているんです。わざわざアピールしなくても淡々と仕事を続けていれば、きっと誰かが発見してくれます」
作風は辛口だが、いたずらに人を傷つけることはないようにと気遣う。見落としがちな日常の小ネタを随所で拾い上げるから、流れで政治の話題も身近に感じられる。
「ほとんどどうでもいいことばかり考えています(笑)。だから書く時は、それらを社会の出来事とどうつなげるかを考えるんです。いまの世の中は誰も想定していなかったようなことがどんどん起きるから、試されているような気になります。これを積み重ねていけばいつか、こんな遠くまで来たんだ、と思えるのではないでしょうか」
ひと息つく日が来るのは、まだずっと先になりそうだ。
※Pen 2019年10月15日号 No.483(10月1日発売)より転載
『日本の気配』
右傾化や2020年東京五輪、マイナンバーなど世間の動きを切り取ったコラム集。
武田砂鉄 著
晶文社 ¥1,760
『往復書簡 無目的な思索の応答』
言葉を大切に仕事をするふたりが、幼い頃から現在までの言葉に対する戸惑いを明かし、互いの感覚を共有し合う。
武田砂鉄/又吉直樹 著
朝日出版社 ¥1,650