80歳になった「私」は、90歳近いお父さんとふたり暮らし。最近「私」の周りは悪人だらけだ。誰も信用できない。長年、家事は完璧にこなしてきたのに、なぜ知らない女性が家にきて、料理をつくっているのか。
本書で「私」は、身の回りで起きる不可解なできごとを打ち明ける。なにもかも辻褄が合わないのに、お父さんも息子も息子の嫁もわかってくれない。お父さんは、脳梗塞で3ヶ月入院していた。退院したお父さんは、軽い認知症を患っているから、週2回デイケアに通っている。お父さんには付き添いが必要だから、私がついていく。だけど、そこには悪い職員がいる。お父さんを誘惑するのだ。若い女性が男性の背中に手を添えるなんて恥知らずもいいところ。
本書を読んでいると、「私」にとって「私」が一番信頼できる相手なのだとよくわかる。時々、混乱したとしても、人はみな自分の基準で生きているのだ。周囲は、そんな高齢者をどう扱えばいいのか。登場人物のなかで、唯一「私」が、悪い人ではないと思ったのは、悪質な水道業者だった。「私」のことを一人前の人間として扱い、ていねいに説明してくれたのだ。水道業者は、相手がわかっていないほうが、都合がいい。だから上手に持ち上げてくれる。
いっぽう家族は、どこまで「私」に説明すればいいかがわからない。尊重してあげたいけれど、車の運転はやめてほしいし、水道業者は詐欺なのだ。こうした高齢者への対応には正解がないと知っている息子夫婦は、「私」に対して、決して「おかしい」「間違っている」とは言わない。その柔軟な対応は、とても参考になる。