Vol.50(最終回)アートブックに出合い、書店を営む原点となった一冊。
私が個人として所有しているアートブックはほとんどありませんが、必ず本棚に残している本が1冊あります。ドイツで1994年に開催されたアーティストブックの展覧会に合わせて出版された『Die Bücher der Künstler』という本です。
この本は、私がアルバイトをしていたアートブックショップ「On Sundays」で知りました。事務所の資料として使われていた本で、開くとさまざまな本の表紙を複写した写真が、続いてそれらの本のサイズや出版社など、最低限の情報がまとまったテキストが、淡々と交互に続きます。
本といえば、書店に並んでいる一般的な規格のものが思い浮かびますが、ここに掲載されている本は箱にシート状の印刷物が収められたり、板をクランプで留めたものだったり、薄紙が使われていたり、極端に大きかったりとさまざまです。アーティストやアートムーブメントについての知識は当時まったくありませんでしたが、見たことのない本が淡々と並んでいるページを眺めているだけでワクワクしました。
書店で流通している本のサイズや用紙などの仕様は、ブックデザインを優先して決められるものばかりではありません。配送における効率化のため、経年劣化を避けるため、といった合理的な理由も多いです。対して、この図録に掲載されている本は、手に持った時の重さやページをめくる時の触感、製本後の物質感など、本を構成するディティールが積み重なって、総合的にひとつの表現を形づくっていると感じたのです。僕が漠然と抱いていたアートブックに対する興味が「表現としての本」であったことを、この本が明確にしてくれました。
個人的な印象としては、90年代は情報を伝える機能に特化した本が多かったように思います。その後インターネットの発達によって、本は単なる情報伝達手段として存在できなくなり、存在を危ぶまれる声がいまも多く挙がっています。しかし、アートブックにとっては多彩な表現が生まれる転換の時となったようです。
ここ数年は特に「表現としての本」が活発に出版されるようになり、この図録に掲載されているような知的好奇心を刺激するアートブックが年々増加しています。さらに最近は、書店やアートブックフェアを訪れれば比較的気軽にそれらを手に取れる環境も整ってきました。普段アートブックに触れる機会が少ない方も、一冊の本を手に取る時に重さやページの触感なども含めた総合的な表現だと意識してみてください。きっと、本に抱いていたイメージを払拭される、思いがけない発見があるはずです。
出版社:インスティチュート・フューア・アウスランズベツィーウンゲン
ページ数:271ページ
サイズ:24×17cm
出版年:1994年