1926年に設立されたこのアワードは、今年で58回目を数えます。本のデザインを評価する賞としてはヨーロッパで最も歴史が古く、ブック・デザインの発展に寄与してきました。受賞作品は公募に寄せられた作品群から30~33冊が選ばれます。応募は本の内容を問わず、「a.オランダで設立された出版社からの刊行物」「b.オランダ国籍所有者、またはオランダ在住者がデザインをしていること」「c. オランダで設立された印刷所で印刷されていること」という3条件のうち2つ以上を満たせば可能で、間口が広く開かれているのも特徴です。
評価のポイントは「デザインの表現的側面」「タイポグラフィー、イラストレーション」「印刷など造本の技術的な側面」「本文内のコンテンツの見せ方」に加えて、「造本と内容の関係性」が重要視されています。評価基準に装丁の重要な点がシンプルかつ的確に押さえられているのも、オランダならではかもしれません。
毎年、受賞作の発表を心待ちにしている理由はふたつあります。ひとつ目は、オランダの出版事情を効率的に知ることができる点です。受賞作品の情報として、著者だけでなく、デザイナーや出版社、印刷所なども公開されるので、これらの情報がオランダの出版事情や新しいクリエイターを知る機会を与えてくれます。
もうひとつは、発表後に刊行されるカタログのユニークさです。1986年以降、受賞作をまとめたカタログが毎年刊行されていますが、過去にはイルマ・ボームやメーフィス&ファン・ドゥールセン、ヨースト・グローテンスなども手がけています。これまでに起用されてきたデザイナーのラインアップは、オランダのブックデザインの縮図とも言えるでしょう。グラフィックも編集方法も毎回異なる最先端のブックデザインには、常に発見があります。
2016年のカタログデザインを手がけたのはHaico Beukers(ハイコ・ベーカーズ)とMarga Scholma(マルガ・シュルマ)によるデザインユニット「beukers scholma」です。カタログは書影に始まり、本文の見開きを見せるページ、本の情報をまとめたページが淡々と続きます。一見オーソドックスな編集方法ですが、造本に際立った特徴がありました。まず、カタログのカバーは、受賞作品それぞれの書影を使った33種類のバリエーションがあります。また、カバーの図版は1冊目の書影を見せる役割も担っているので、カバーが33種類あるということは、カタログで紹介される1冊目がすべて異なるということになり、それぞれで本の掲載される順序が変わってきます。同じ内容を収録しながらも本文の順番に違いがあるという複雑な構造を実現できたのは、本づくりのプロセスを活用した斬新なアイデアがあったからでした。
本をつくる時には1ページずつを別々に印刷しません。数ページを1枚の紙にまとめて印刷し、それを折って断裁することで複数のページをつくります。この1枚の紙からできる数ページの単位「1折」は8ページ以上が1単位になっていて、1折の単位ずつであれば、順番を入れ替えることができます。このカタログは、1つの受賞作を紹介するページ数を1折分にすることで、順番の入れ替えができるようにしました。製本の過程にひとつのアイデアを加えて独自性のあるデザインになっているこのカタログは、90年以上ブック・デザインのアワードを継続し、造本と内容の関係性に向き合ってきたオランダの基礎体力の高さを物語っています。
Best Dutch Book Designsは、厳選されたクリエイターとの出会い、そして素晴らしいブックデザインを知るためのプラットフォームとして優れています。ぜひ、毎年発表されるこのアワードの受賞作品を見てみてください。きっと新しい才能と表現に出合えるはずです。