定期的にひとつの海外の出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うという独自の選書を展開しているショップ「POST」。今回、錦多希子さんがピックアップした一冊は、デザインアカデミーの学生たちによる卒業制作集。学生だからと侮るなかれ、自由な発想をもつ彼らのブックデザインは業界でも注目を集めているのです。
Vol.12 将来有望なデザイナーの卵を青田買い!? デザインアカデミーの卒業制作集は一見の価値あり。
この連載の第1回目で触れていたように、オランダのデザイン教育においては独特なスタンスが際立ちます。技術的な面の訓練の場としてではなく、ものの見方(視点)やある問題についての解決策を編み出す力といった、デザイナーとしての基礎的でありながら本質的に不可欠な資質を培うための場として機能しているのが特徴です。「どの領域を軸として表現していくのか?」ということよりも、「対象となる事象に対してどんな問題意識をもち、どのように応えていくのか?」ということに重点を置いています。
思考の集大成として最終的に表出されるアートワークは、説得力があるだけではなく、複雑に絡み合った状況や思惑を感じさせないほど軽やかで、なおかつ美的強度があります。つまり、総体的な「クオリティ(質)の高さ」というのが、デザインの核として根ざしていることが肝要なのです。コンセプチュアルなプロダクトデザインの潮流を牽引したDroog(ドローグ)やHella Jongerius(ヘラ・ヨンゲリウス)、2015年にCIBONEで展覧会を開催したFormafantasma(フォルマファンタズマ)を輩出したDesign Academy Eindhoven(デザイン・アカデミー・アイントホーフェン)もまた、ユニークな教育方針を実践する学校のひとつ。今回は2016年に修了した171名の学生による卒業制作集をもとに、お話を進めていこうと思います。
独自性にあふれ、業界の目利きたちにも認められた一冊。
わたしたちは不確実性・激変・混沌・極端といった形容がふさわしい、激動の時代を生きています。たとえ困難な状況に身を置いていたとしても、ちょっとした工夫の積み重ねによって、わずかながらも少しずつ好転していくものです。デザイナーとなる学生たちは卒業後、持ち前の直観を活かしながら、デザインを通じて社会がよりよくなるための提案をし続けていくことが求められます。便利になること、問題解決ができること、視野が広がること。デザインの介入によってもたらされる効用はさまざまでしょうが、いずれもベースには「相手を思いやる」ことがあるように感じます。
在学中にアカデミーの中の世界でトレーニングを重ねてきた彼らは、卒業制作展を機に、初めて外の世界に向けて扉が開かれることになります。一般的なユーザーの感覚を持ち合わせた批評的な視点をもつ鑑賞者と直面することで、デザインにおける社会的関連性の観点から大いに刺激されることでしょう。
2016年の卒業生による卒業制作展では、彼らが従事する行為としてのデザインを活用するべく、徹底的に打ち込む様子があらわになっています。卒業制作はあくまで社会における始点です。今後、このプロジェクトが彼らの生涯においてどのようにひとつの形になっていくのかが楽しみです。
ところでオランダには、その前年にリリースされた出版物のうち、特に優れたブックデザインの書籍を選出する「ベスト・ダッチ・ブック・デザイン」という賞があります。ブックデザインや本の制作における重要性の認識に注意を向け、かつ促進するという目的のもと、ビジュアルブックの作成者たちが制作の上でデザインに重きを置くように仕向け、良質なデザインの本がこれまで以上に多く創出されるようにしていこうという展望があります。
審査員には「良質な本を選び抜く力」があるとみなされている人たち、すなわち、グラフィックデザイナー、印刷産業・出版分野の第一人者、その他グラフィックデザイン・ブックデザインの専門家、一般的にビジュアルブック制作に携わる人たちといった面々が任命されます。めいめいが自身のキャリアを通じて培った洞察力を頼りに、厳格にジャッジしていきます。
2016年は298タイトルが審査にあがり、33タイトルがショートリストに選ばれました。今回の選定においては、コンテンツ、デザイン、イメージのプロセス、植字(活字組み)、素材、印刷、製本といった諸観点から本の独自性に焦点が当てられたそうです。そのなかの1冊に、本書「In Need Of」がノミネートされました。今後、他のタイトルとともにアムステルダム市立美術館をはじめとする、オランダ国内外の数カ所の会場で陳列され展示される機会が待っています。
装丁:ハードカバー
サイズ:24.5 x 34.5 cm
商品コード:ISBN 978-94-91400-27-8
出版年:2016年
価格:¥6,048