アムステルダムでは、今回「POST」で特集中の「Roma Publications(ローマ・パブリケーションズ、以下Roma)」のスタジオを訪れる機会に恵まれました。グラフィックデザイナーのロジャー・ウィレムスとアーティストのマーク・マンダースは「美術書」という接点をもとにタッグを組み、出版活動を通じて各々の職能を発揮しています。彼らと関わりのあるアーティストやクリエイター、アートスペースの作品集や展覧会カタログを中心に制作している点にも特徴を見出せます。そもそもヨーロッパには出版文化が根付いており、世界を舞台とした精力的な取り組みを展開する大手出版社から、Romaのように自分たちの手の届く範囲でていねいに出版活動を続けるインディペンデントな出版レーベルまで幅広く存在します。これらに共通項があるとしたら、「特定の分野に特化している」という点でしょう。専門分野を絞ることで、内容の純度が高い出版物を世に送り出しています。
ところで、いわゆる「美術書」に区分される書籍には、大きく分けてふたつのジャンルがあります。たとえば展覧会の図版(カタログ)や作品集(モノグラフ)といった、図版を載せた資料的な意義をも含む書籍は「アートブック」と呼ばれています。アーティストのこれまでの歩みや展覧会のハイライトを知るために有意義なものです。これとは別に、書籍という形態を帯びたひとつの美術表現ともいえる「アーティストブック」というものが多く生み出されています。作家や著者の意向に応じて定められたエディション数(発行部数)の分だけ制作される、複製ができるアートワークともいえます。「展覧会=一点物の(この世にひとつしかない)作品を三次元の空間で観る」という既存の概念を覆す、きわめて画期的なスタイルです。
これまでに300タイトルに迫るほどの美術書を出版してきたRomaの取り組みを総括する展覧会が世界各地で開催され、初回はイタリアのローマ(Rome)で行われました(余談ですが、開催場所の選定にも彼らのウィットに富む感性が光っていますね)。同展のアーカイブとして出版された本書は、単なるアートブックにはとどまらない、創意工夫に満ちたアーティストブックに仕上がっています。実際にページをめくってみると、Romaの出版物を軸として、深く関連するクリエイターのアートワークやインスタレーションがエッセンスとして並ぶ様子が目に飛び込み、会場の構成がよく伝わってきます。また、巻末に収録されたRomaの出版物を網羅した書籍リストは、本書の資料性を高めています。
本展におけるRomaのねらいは、概ね一点物とされる美術作品のもつ排他性と、複製のできる印刷物のもつ民主性との間に立ちはだかる境界線に迫ること。アートブックの担う役割、すなわち図版化された作品が印刷され書籍となって流通することは、作家活動の普及に一役買うことがあります。その役目から一歩先に進んだ本書では、Romaの核となる「アーティストとのコラボレーション」というスタンスを明確に体現しています。要するに、本書自体がひとつの表現の場として機能しているのです。その点において、本書はアートブックでもあり、アーティストブックでもあると言えるのではないでしょうか?
そういえばアムステルダム滞在中には現地在住のグラフィックデザイナーたちと交流する場面があり、アートブックとアーティストブックの違いについて意見を求められることがありました。書籍の制作にあたる彼らにとってもその線引きは難しいのだろうという事実が衝撃的で、とても印象に残っています。この出来事を踏まえた私見としては、アートブックにせよアーティストブックにせよ、意味があって採用された独自性の高い製本やレイアウトは収録作品の特性を際立たせ、表現の強度を高めているということは間違いない。そう感じています。