中高生の頃に眠気を押して聴き入っていた、大滝詠一がパーソナリティを務めるラジオ関東の音楽番組『ゴー!ゴー!ナイアガラ』。これが、横山剣にとって大滝ワールドの原体験だ。
「深夜の放送が終わると『あれは幻だったんだろうか?』と思うぐらい夢うつつの状態になっていて。大滝さんの声を聴くと、甘美な妄想楽園のような世界に包まれるんです。それが大滝さんの曲に惹かれる理由かもしれない」
そんな、幻のようで不思議な存在の大滝に触れたエピソードを一つ披露。大滝らしいこだわりや信念に裏打ちされた世界観が伝わってくる。
「ある日、一緒に歩いていた音楽評論家の湯浅学さんのもとに、巨大なキャデラックがスーッと近づいてきて、運転しているサングラスの男性が話し始めて。後で尋ねたらその人が大滝さんでした。彼がキャデラックに乗っているのは音響がいいから、という理由にシビれて、僕もまねしてすぐにキャデラックを買ったんですよ!」
いつの時代も渾々と湧き続ける大滝の魅力。それはまさに、はっきりと捉えることができないが、感性に直接訴えかけるサウンドや世界観によるものに違いない。横山は「自分の脳内にエフェクトがかかる、音響的なマジックのような感じ」と表現する。
「僕の中で真っ先に頭に浮かぶのが、ナイアガラ・フォーリン・スターズの『レッツ・オンド・アゲン』。“あの世感”と言いますか、得体の知れない電波がビリビリビリーッときて、こんな音を発生させる大滝さんってやっぱり福生の宇宙人だ!って思ったわけです」
しかし、今回取り上げる曲はソロ限定。横山が近い感覚を得られる曲として、「この曲があったじゃないか!」とひらめいたのが、3位に選んだ「クリスマス音頭」だという。
続いて2位は、音の魔術師=大滝詠一と言葉の魔術師=松本隆が組むことで生まれる奇跡を体現した「雨のウェンズデイ」をセレクト。聴くと「素晴らしすぎて胸をかき乱される」と語る。
「1番の歌詞『wow wow We d nesday』を歌い終えた後のバート・バカラックの『Walk On By』的アレンジや、2、3番の『Wedne sday』の『day』に差しかかるメロディーとコードの関係性に、受け止め切れないぐらいの窒息感がある」
そして第1位は、1973年の三ツ矢サイダーのCMに使われた「Cider ’73 ’74 ’75」。横山が「CM音楽をつくりたい」と思うキッカケになった曲。
「『サイダーのように爽やかに』のナレーションの直前に入る『サイダー サイダー』というコーラスとメロディーから放射されるサイダーの泡のような爽やかさが、呼吸さえままならないほどキラキラした夏感を爆発させています」
たくさんの想い出をもつ横山が、大滝ソングを聴きたくなる時は──。
「ドライブ中が最高ですね! 特に、福生方面に行く時、脳内エフェクトを感じる。毎年、クレイジーケンバンドのツアーを福生の市民会館から始めていたので、そのたびにカーステで大滝さんの曲に浸ってましたよ」
曲と詞が激しく絡み合う「乱れ髪」に、名曲のすごみを見る。
「はっぴいえんどとティン・パン・アレーは、私たちの世代にとって特別な存在で、大滝さんはもはや神でしょう。高校生だった頃は、どこでも彼のアルバムが流れていましたね」
のちに、はっぴいえんどの楽曲をサンプリングして、我流ヒップホップを独走したかせきさいだぁは、大滝作品の本質を、音と言葉が起こす美しい化学反応だと洞察する。
「最大の魅力は、自身がつくるメロディーに、私の師匠である松本隆さんの詞を100%のせてみせる才能と、その相性の完璧さ。歌の本質というのは、作曲家と作詞家のあり得ない融合の面白さですから。『雨のウェンズデイ』は大滝さんのメロディー・アレンジが雨の日のジメッとモニョッとした感じなど最高に表現されていて、さらに雨と松本さんの歌詞の相性が抜群。YMO以前の細野晴臣さんの“トロピカル三部作”の1曲のような『ナイアガラ・ムーン』は細野さんの1975年の『トロピカル・ダンディー』と発売がほぼ同時で、ムムムと感じるものがあります。大滝さんのメロディーと師匠の詞がシンプルながらとんでもなく絡み合う『乱れ髪』もヤバい。詞に後からメロディーをつけたと思われる、すごみを感じる名曲です」
楽曲からにじみ出る、豊かな愛とユーモアに憧れて。
吉澤嘉代子はあるひと言をきっかけに突如、大滝詠一の音楽と出合うことになる。
「私を見つけてくれた音楽ディレクターの方が、私の旋律に大滝詠一を感じると言ってくださったことを機に聴くようになりました。大滝さんの楽曲は、出合った時から懐かしくて新しい、時間が経っても色褪せない存在。音づくりの多幸感や豊かな歌声が大好きで、曲にちりばめられた純度の高い歌詞にうっとりします」
大滝の曲と詞が語りかける愛や想いを受け止め、吉澤は自身の作品に昇華している。
「『夢で逢えたら』は、愛おしいもの、もう逢えないものに対して、夢で逢えたらと願う。これほどささやかで強い気持ちはありません。20歳の頃に同じメッセージを込めて、『夢で会えたってしょうがないでしょう』という歌詞を書きました。松本隆さんとの共作でいちばん好きな『さらばシベリア鉄道』を聴くと、音楽への愛とユーモアを感じて胸がキュッとなります。オマージュとして、雪国を舞台にした『屋根裏』をつくりました。不動の1位は『おもい』。半音ずつ動くコード進行が、刻一刻と染まる夕暮れを穏やかに切り取ります。多重録音への憧れが芽生えて、『野暮』という曲で挑戦しました」
緻密につくられた曲は、日本の音楽史をひも解くための研究書。
ポピュラー音楽研究という領域に身を置く大和田俊之は、その研究における視点や方法論の多くを大滝詠一に学んだと語る。
「楽曲の分析に関するアイデアや手法を求めている時に、歴史的にも音楽的にも精密に設計された大滝さんの曲を聴きます。私にとっては、研究書を読む感覚に近いんです」
珠玉のポップスは時代を経てもなお、己の感性と日本の音楽の現在地を測る基準点となる。
「『ハンド・クラッピング・ルンバ』は、アメリカのポップスに内在するリズムを緻密に因数分解し組み立て直した『ナイアガラ・ムーン』の中で、特に好きな曲。同じアルバムにある『Cider '73 '74 '75』には、大滝さんが1973年に初めてCM音楽を手がけたという、日本のポピュラー音楽史における重要性とその批判精神が凝縮されています。『君は天然色』は、冒頭のピアノのチューニングのA音で既に胸が高鳴り、Bメロのパーカッシブなスラップベースと乱れ飛ぶエフェクトに陶酔。そして怒涛の大サビに耽溺するのです。以前は洋楽の受容の文脈で大滝さんの業績を捉えていましたが、最近は民謡、流行歌、歌謡曲など、日本の音楽史に位置づけるべき存在だと考えています」
30年のDJ人生には、常に新鮮な大滝DNAが脈々と流れている。
MOODMANは、大滝詠一の曲を聴くたびに、音楽の面白さ、奥深さに気づかされるという。実は自身の名前の誕生にも大滝が関わっている。
「『多羅尾伴内團』や『レッツ・オンド・アゲン』を聴いて刷り込まれたエキゾティックな感覚は、僕がムード音楽を好きになり、MOODMANと名のるに至ったきっかけのひとつです。DJと並行して広告の仕事をするようになったのも、大滝さんで知ったノべルティソングの影響が大きいです」
人生を方向づけた大滝という存在。聴くたびに「いまだにフレッシュに感じる」という3曲は、DJとしてのライフスタイルに沿ったものだ。
「マイベスト3は、夜遊びのワクワクが詰まった『楽しい夜更かし』、クラブ明けの日曜に聴きたくなる『朝寝坊』。この2曲の間に『それはぼくぢゃないよ』を挟めば、週末の定番BGMです。『おもい』は私が初めて針を落とした大滝さんの曲なので、気が引き締まるというか、また別の感慨があります。あと、影響として大きいのはクレイジー・キャッツなど過去音源のアーカイブ化を含む、コミックソングの系譜です。リアルタイムで聴いて衝撃だったのは、うなずきトリオの『うなずきマーチ』ですね」