『家族を想うとき』
ケン・ローチ
一家を引き裂こうとするものに、立ち向かう家族の強さ。
渡辺 亨 音楽評論家物語の舞台はイングランド北部のニューカッスル。かつて建設作業員だったリッキーは、夢のマイホームを購入するために貯蓄をしていたが、銀行と住宅金融組合の破綻によって、ローンを組めなくなり、同時に職も失った。そこで彼は、長年の夢を実現するために個人事業主の宅配ドライバーとして働くことを決意する。ただし、個人事業主とはいえ、民間の宅配業者から“ゼロ時間契約”で仕事を請け負う立場だ。よって一日14時間、週6日の重労働を自分に課さざるを得ない。介護福祉士の妻アビーも、同様である。そのため夫婦には、16歳の息子と12歳の娘に向き合う時間がなくなり、家族関係に徐々に亀裂が生じていく。
本作を観て、バート・バカラック&ハル・デヴィッドがつくった名曲のひとつ「A House Is Not A Home」を思い出した。一緒に暮らしていた愛する人が出て行った後の我が家は、ただの家(house)であり、家庭(home)ではないという内容の曲である。本来仕事とは家ではなく、家庭を得るためのもの、大切な家族を守るためのものであるはずだ。が、現代における過酷な労働環境や雇用形態は、家族を引き裂き、家庭を壊していってしまう。
映画の原題は、『Sorry We Missed You』。宅配の不在通知書に記されているメッセージだ。この原題は、夢を求める代償として、家族との時間を犠牲にしてしまった夫婦の心情を表わしている。もちろんケン・ローチ監督は、常に社会的弱者に対して温かい眼差しを注いできたので、本作でも批判は社会のシステムに向けられている。普段は優しいアビーが電話越しに怒りをぶちまけるシーンは、英国政府に対する批判にほかならない。物語の終盤、家族をひとつにまとめようとしてきた聡明な娘が、ある秘密を打ち明ける。この告白には胸が詰まる。本作は真の意味で“家族の映画”だ。
『家族を想うとき』
監督/ケン・ローチ
出演/クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッドほか
2019年 イギリス・フランス・ベルギー合作映画
1時間40分 12月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
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