【Penが選んだ、今月の観るべき1本】
18世紀、フランスのブルターニュにある孤島。画家のマリアンヌと伯爵令嬢のエロイーズの関係は、「観察者」と「見られていることを知らない者」として始まる。エロイーズは決められた結婚相手に送る肖像を描かれることを拒否していた。だからマリアンヌは職業を隠して彼女に近づく。しかし、エロイーズがマリアンヌに肖像を描くことを許可した時、ふたりの関係は大きく変わる。画家とミューズの物語だったら、一方的に相手を見る者と見られる者の間柄でしかない。だが、エロイーズはマリアンヌに、自分もまた彼女を見て観察しているのだと言う。ふたりの視線はぶつかり、一本の水平線となり、女性たちを抑圧するヒエラルキーを超えていく。真実の愛の中だけに生まれる、一瞬の平等性がここにある。
同じ水平線上に並ぶのはロマンスに陥るふたりだけではない。この時代の女性たちは、男たちがいないところでどのような生活を営み、なにを思っていたか。母と娘、小間使いと主人を同等に扱うことによって、セリーヌ・シアマ監督はいままでの歴史劇で見られることがなかったシチュエーションや、密やかな絆を描き出した。女たちは生理痛の時にどうしていたか。堕胎はどうするのか。それが女性たちの生活の大事な一部として開示される。
まるでトランプのカードを並べるように女たちの秘められた愛と連帯を見せた後、物語はそれをどう隠していくのかという手順に移っていく。エロイーズの肖像やマリアンヌの描いた「オルフェ」の神話の一場面に、ふたりの燃ゆる愛の思い出がお互いにだけ通じる符号となって残り、秘密は守られる。そしてあのラスト。マリアンヌはもう一度、一方的にエロイーズを見つめることが許される。それは救いであるのと同時に、ふたりが同等でいられた足場が永遠に失われたことも意味していて、ただ切ない。
『燃ゆる女の肖像』
監督/セリーヌ・シアマ
出演/ノエミ・メルラン、アデル・エネルほか
2019年 フランス映画 2時間2分 12月4日よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開。
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