【Penが選んだ、今月の読むべき1冊】
日本のほとんどの建物には住所があり、行きたい場所へは住所を手がかりにたどり着ける。だがそれは、当たり前のことではない。世界にはいまも所有権が定まっておらず、住所を定めることができない土地がたくさんある。そういった土地は課税もできなければ、もちろん売買もできない。
その事実を知った著者は、世界の住所事情に興味を抱き調査に乗り出した。古代ローマでは、神殿や門、丘などの視覚情報と、魚市場や排泄物などの嗅覚情報、鍛冶屋の音などの聴覚情報が位置を示す指標になっていた。
やがて世界の各都市で通りに名称が付き始め、さらに建物ごとに番号が振られて住所が付いていく。偉人の名前にちなんだ通りが多く、ロシアにはレーニン絡みの通りが4000本以上。居住する人の階級や人種をもとに命名された通りもよく見られる。
アメリカのニューヨーク市では、勝手な新住所を付けて物件を売る不動産会社も登場した。1990年代に「15 Columbus Cir」という住所に建ったビルは、セントラル・パークというイメージのよい単語が入った新住所「Central Park West 1」で売り出された。その会社を経営していたのは、ドナルド・トランプだという。
世界の住所事情の中で、通りではなく、新宿や赤坂といった地区をもとにした日本の住所は、珍しい部類だ。これを都市デザインの専門家は、文字の書き方と結びつけて分析。西洋では幼少時、罫線上でアルファベットを練習するが、日本では升目の中で字を書く練習をする。だから西洋人は通りにこだわり、日本人は地区で理解するという説だ。なるほど確かにと唸らされた。
いま、世界の土地をデジタルで管理する、新方式の住所の開発が進んでいるという。政治や階層、文化を反映してきた住所は、果たしてどう発展していくのだろうか。