ルネサンスの超人に迫る大著は、好奇心を猛烈にかき立てる。

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』

池上英洋 著

ルネサンスの超人に迫る大著は、好奇心を猛烈にかき立てる。

伊藤亜紀 国際基督教大学教養学部 教授

 『モナ・リザ』『最後の晩餐』『聖アンナと聖母子』――口絵に並ぶのは、美術愛好家ならずとも見慣れた作品である。しかし我々が真に「知っている」と言い切れる作品は、実はなにひとつ存在しない。そのことを改めて認識させてくれるのが、本書である。

第Ⅰ部の評伝では、最新の研究に基づいたレオナルド・ダ・ヴィンチの生涯が綴られる。科学者、音楽家、建築家、軍師、舞台演出家として活躍する彼は、本業たる絵画制作においては、致命的なほどの遅筆であった。そのため出世街道から外れ、人気沸騰中の先輩ボッティチェッリを、手稿の中でひっそりと揶揄することしかできない。契約書を無視した斬新すぎる構図は、伝統的な描き方に固執する注文主たちを戸惑わせ、その要求する報酬額は、しばしばトラブルのもととなる。50歳前後には彩色画をひとりで仕上げる意欲を失い、肖像画を依頼したマントヴァ公夫人を苛立たせる。私生活では、婚外子であるが故に、嫡子たちとの相続争いに悩まされる。多才な「超人」も、人間臭いエピソードには事欠かない。

第Ⅱ部は、レオナルドが関与したとされる30点弱の作品の検証である。『糸巻きの聖母』と『レダと白鳥』、そして一昨年、ニューヨークのクリスティーズで、絵画取引市場最高値で落札された『サルヴァトール・ムンディ』についての論は、親方と弟子たちとの関係を考える上で非常に興味深い。彩色画や膨大な量のデッサンの実見と科学的分析、手稿の丹念な読み込み、レオナルド作品を手がけた修復家へのインタビュー、21世紀以降の我が国における数多くのレオナルド関連の企画や展示に携わってきた経験が、著者の説を支えている。600ページ超という重厚な書でありながら、読者をノンストップで知的好奇心へと駆り立てる。巨匠没後500年を飾るにふさわしい大著である。

『レオナルド・ダ・ヴィンチ 生涯と芸術のすべて』
池上英洋 著
筑摩書房
¥5,832(税込)

ルネサンスの超人に迫る大著は、好奇心を猛烈にかき立てる。