死体とのバディムービーに続き、気鋭の監督が贈る“変態映画”。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』

監督/ダニエル・シャイナート

死体とのバディムービーに続き、気鋭の監督が贈る“変態映画”。

野本幸孝 編集者、ライター

長編監督デビュー作『スイス・アーミー・マン』に引き続き、『ムーンライト』『ミッドサマー』などを手がけた気鋭のスタジオ「A24」と再度タッグを組んだ。ステインドをはじめとするヘビーロックが、オリジナリティあふれる世界を彩っている。 © 2018 A24 Distribution,LLC. All rights reserved.

アラバマの片田舎で、夕暮れ時にバンドマンの男たちが練習を終えた後、ひとりが合言葉のようにこうつぶやく。「ゲス野郎ども、ハメを外そうぜ(get weird)」と。そのバカ騒ぎの後、あることが原因でメンバーのひとりが命を落としてしまい、事件の捜査が始まる──。
この「weird=変なこと」を欲し、追い求める欲望こそが、監督ダニエル・シャイナートの原動力だ。初長編映画『スイス・アーミー・マン』では、無人島で死体とサバイバル生活を送る主人公の視点と「変人」扱いする周囲の視点を交錯させつつ、死体と戯れるその変態性こそが、彼を孤独と絶望から救った唯一の拠り所であることをエモーショナルに感得させた。
前作同様に風変わりな本作が描き出すのは、もう二度と「ハメを外す」ことができなくなった男たちの顛末であり、大人になりきれない彼らの遅すぎた通過儀礼だといえる。どこか的外れで、しかし深刻なサスペンスの持続は、やがて得も言われぬ笑いへと転化していく。その裏側にやるせない男たちの人生と悲哀を隠しながら。
ヌーヴェル・ヴァーグを牽引したフランスの映画監督エリック・ロメールとクロード・シャブロルは、ヒッチコックの映画の娯楽とサスペンスに、善悪の間で葛藤する人間の姿と内に潜む「悪」を見た。怪物=変態であると同時に無垢でもある灰色の人間存在。その人間の「不可解さ=weird」は、本作にも影響を与えたコーエン兄弟の『ファーゴ』にも継承されている。だが、理解不能な不条理へと向かわずに、あくまでもバカバカしい変態性にとどまり、こだわり続けるのがシャイナートの骨法だ。
そこには悪い冗談のようなこの現実を笑い飛ばし、生き残るための武器たらんとする、ふてぶてしいまでのユーモアがある。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』
監督/ダニエル・シャイナート
出演/マイケル・アボット・Jr.、ヴァージニア・ニューコムほか 2019年
アメリカ映画 1時間40分 8月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開。
http://phantom-film.com/dicklong-movie/

死体とのバディムービーに続き、気鋭の監督が贈る“変態映画”。