秋
アリ・スミス 著 木原善彦 訳
EU離脱後のイギリスを舞台に、ある老人と女性の友情を描く。
今泉愛子 ライター国民投票の結果、僅差でEU離脱が決まったイギリスには、不機嫌なムードが漂っていた。争点のひとつは、移民の存在だ。EU加入により、イギリスは大勢の移民を受け入れることになった。果たして、それは正しかったのか。投票によって国は二分され、国民の多くは疑心暗鬼になった。誰が敵で誰が味方なのかがわからない状況を、受け止めきれない。
主人公のエリサベスは、そんな状況のイギリスで、ひとりの老人を見舞いに行く。ベッドの上で昏睡し続ける101歳のダニエル・グルックは、かつて彼女の隣人だった。
32歳のエリサベスがダニエルと出会ったのは、8歳の時。引っ越した先の隣に住んでいたのがダニエルだ。彼は、エリサベスのことを“死ぬ前にようやく出会えた生涯の友”と言った。
ふたりは読んだ本について語り合う。ダニエルは、本を読んでいない時でもなにかを読んでいなくては駄目だ、そうでないと世界を読むことはできない、とエリサベスに教えた。
物語が進むにつれ、ダニエルの人生がしだいに明らかになっていく。5歳下の妹と離散したこと、1960年代に活躍したイギリスの画家でポップアートの旗手、ポーリーン・ボティに夢中だったこと。才能豊かだったポーリーンが不遇の死を遂げたこと。
イギリスでは、女性がアーティストとして活躍するのが難しかった過去があり、今度は移民排斥を主張する政治家が支持される時代になった。寛容であることは、いつの時代も難しい。
ダニエルは、再び目を覚ますのか。その時、この時代をどう評するのか。
著者は、過去と現在を行き来させながら、国家の秋、人生の秋を描写する。そしてEU離脱で揺れるイギリスの苦悩は簡単には解決しないが、無関心になるのではなく考え続けることが大切だと伝えている。
『秋』アリ・スミス著 木原善彦訳 新潮社 ¥2,200(税込)