『居るのはつらいよケアとセラピーについての覚書』
東畑開人著
臨床心理士がデイケアで学んだ、心の傷との向き合い方。
今泉愛子 ライター京都大学の大学院で臨床心理学を修めた著者は、意気揚々と社会に出た。アカデミックな世界を離れて現場で実践することが必要と考え、沖縄の精神科クリニックに併設されたデイケア施設で働くことを決める。
本書に綴られるのは、著者がそこで過ごし、ケアとセラピーの間を右往左往した4年間の日々だ。ケアとは生活に密着した援助のこと。患者の日常生活の中で起こる困ったことに、一緒に対処していく。一方のセラピーは、相手の心の深層を掘り下げていく。
実際の現場でまず必要とされるのはケアだ。目の前に困っている人がいれば、すぐに手を差し伸べるしかない。しかしセラピーでは、反射的に動かないことが基本だ。心を慎重に扱うことを学んだ著者は、緊急事態が発生してもすぐには動けない。
1日のプログラムはゆったりとしたもので、自由時間が多い。そんな時は、まさに「いる」だけでいい。現場でセラピーの仕事がしたいと意気込んでいた著者は戸惑う。
興味深いのは、「いる」ことへの考察だ。場所や人に、安心して依存している時は本当の自分でいられて、それができなくなると「偽りの自己」をつくり出すという。つまり「いる」ではなく「する」になる。私たちが、居心地が悪い時に「なにかをしなくては」と焦るのもこれだろう。
さらに、ケアとセラピーの違いについても解説する。ケアは相手を援助し、傷つけたりしない、セラピーは傷に向き合う。セラピーは心の問題の根源的な解決につながることもあるが、その厳しさに患者が耐えられないことも多い。たとえば、カウンセリングを通して過去のつらい経験など心の深い部分に触れたことで不安定になり、来所しなくなってしまった女性もいる。著者の実践を通じて、心の傷との向き合い方が見えてくる。
『居るのはつらいよケアとセラピーについての覚書』
東畑開人著
医学書院
¥2,160(税込)