『THE LYRICS 1961-1973』 『THE LYRICS 1974-2012』
ボブ・ディラン 著 佐藤良明 訳
歌詞387篇の新訳が示す、天才ストーリーテラーとしてのボブ・ディラン
鈴木宏和 音楽ライター古くからのボブ・ディランのファンだけでなく、少しでも音楽、いや芸術に興味がある人は必携の2分冊だ。発刊直後に予定されていた来日の中止は残念だが、音楽家初のノーベル文学賞受賞の後に、このような対訳集が世に出る意義は大きいと思うし、なにより同時代を生きて、追いかけ続けてきたファンにとっては、自身の半生を顧みる指標にもなるので感慨深いはず。
デビュー作『ボブ・ディラン』から現時点での最新作『テンペスト』まで、全オリジナル・アルバムに収められた387篇におよぶディランの自作詞を、すべて新訳で収録。原詞と対訳が同じページにレイアウトされていてわかりやすいし、どのフレーズがどう訳されているか解読するという、ちょっとマニアックな楽しみ方もできる。
また、全編にわたって訳者の熱量が伝わってくることも、本書の特色といえるだろう。たとえば「風に吹かれて」が「風に舞っている」、「寂しき4番街」が「まったく、4番ストリート」というように、ファンにお馴染みのタイトルから装いを新たにした曲も少なくない。ときには訳者ならではの独特の言い回しで訳されていたりもして、語感やリズムも含めて一行一行が、まさに渾身の表現で貫かれているのだ。
そしてなにより強烈に思い知らされるのが、ディランが天才的なストーリーテラーであること。プロテスト・フォーク期、フォーク・ロック期、ゴスペル期と変遷を遂げ、混迷の闇を抜け、悟りとも諦観ともいえる地平で大切な存在への愛を綴る老境に至るまで、生み出されてきた物語はあまりに劇的で、示唆に富む。
確かに、難解。でも気づけばその詞の世界に、気持ちよく迷い込んでいる。ごく稀に少年のように純真なディランが現れ、心を浄化させてくれるところも、抗えない魅力。これはやはり、文学作品と呼ぶべきかもしれない。
『THE LYRICS 1961-1973』『THE LYRICS 1974-2012』 ボブ・ディラン 著 佐藤良明 訳 岩波書店 各¥4,950(税込)