丹念な取材が描き出した、蔡國強といわきの男の物語。

『空をゆく巨人』

川内有緒 著

丹念な取材が描き出した、蔡國強といわきの男の物語。

原口純子 北京在住ライター/エディター

福島第一原発から南に43㎞の里山を舞台に、現在も進行中の「いわき万本桜プロジェクト」。訪れる人もなくなった故郷に、9万9千本の桜を植えて世界一の名所にしてみせると、この地に生まれ育った実業家の志賀忠重が手弁当で始めた。2011年5月に第1回の植樹を実施、13年春には里山の一角に現代アート界のスーパースター、蔡國強による「回廊美術館」を開館。美術館の取材に訪れた著者は、“いわきのおっちゃん”そのものの風貌の志賀と蔡の間に、30年以上にわたる深い交流があることを知る。一見、無関係そうなふたりの男。本書は丹念な取材によって、その交流の謎を解き明かしている。
実は私自身も16年秋、このプロジェクトについて取材する機会があった。日本の桜文化を紹介する中国の雑誌の企画で、日中のふたりが関わる桜プロジェクトを題材にしたく、取材を頼み込んだ。北京で蔡に、いわきで志賀に話を聞いたが、印象に残ったのは両者の不思議な関係だった。桜プロジェクト以前から、志賀は蔡の大型アートプロジェクトの制作を地元の男たちとともに長く支え、その存在はアート界でもよく知られている。濃いつながりがあるはずなのだが、相手を語る口調は、ともに淡々としていた。
つながりはいかに育まれたのか。1980年代の出会いから、蔡のアートの現場、志賀が手がけたビジネスや北極海での体験、原発事故……。ふたりの波乱万丈の物語に引き込まれる。
しかし、著者が最も描きたかったのは、アートでも原発でもなく、ふたりの稀有な「関係」ではないか。人間の共通課題である関係を芯に据えたことで、本書は改めてそれが人生にもたらす深さと広がりに気付かせる。世界の断絶が深まるばかりのこの時代に、人が出会い、紡いでいく関係への希望を静かに伝える。

『空をゆく巨人』
川内有緒 著
集英社
¥1,836(税込)

丹念な取材が描き出した、蔡國強といわきの男の物語。