『ゲット・ウィズ・ザ・タイムズ』
ベーコン
ヒップホップの才人が放つのは、想定外にレトロなサウンド
山澤健治 エディター/音楽ジャーナリストトランプ政権が誕生した2017年、アメリカ社会は混乱と荒廃に直面した。その激動の波は音楽シーンにも到達し、史上初めて「ヒップホップ/R&B」がアメリカでの音楽消費の占有率で「ロック」を抜き1位となった。アメリカで最も人気のあるジャンルとなった「ヒップホップ/R&B」アーティストらが中心となって発信する、人種差別反対を唱える〝ブラック・ライヴズ・マター〞のような運動が盛り上がりを見せたのは、激動の時代への反発の表れでもあるのだろう。
そんな17年に最大のセールスを記録するヒップホップ作となった、ケンドリック・ラマーのアルバム『ダム』全14曲のうち8曲でプロデューサー/シンガーを務めたことで注目を集めたのが、今回紹介する新進プロデューサー/マルチ奏者のベーコンだ。これまでもエミネム、ドクター・ドレー、スヌープ・ドッグなど数々のヒップホップ重要作に参加してきた才人だが、デビュー作『ゲット・ウィズ・ザ・タイムズ』では予想を遥かに超える音楽的素養を見せつけている。
なにより驚いたのは、『ダム』の収録曲「XXX」の導入部を拡大した曲「America」などはあるものの、ラマー作品と共通する楽曲は少なく、意外なほどヒップホップ色が希薄な点だ。1960〜70年代のスウィート・ソウルや、ザ・ビーチ・ボーイズにも通じる西海岸系ソフト・ロックといったレトロ感たっぷりなサウンドを、ブラック・シネマのサントラ盤のような洒脱な構成で紡ぎ上げている。このセンス、ただ者ではない。
そのレトロ感ゆえ、平和なムードに満ちあふれた聴き心地が味わえるのだが、それすらも激動の時代へのアンチテーゼのように響くから興味深い。こんな辣腕アーティストがこれまで裏方でしかなかったのだから、ヒップホップはまだまだ奥深い。
『ゲット・ウィズ・ザ・タイムズ』
ベーコン
TRCP-226
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¥2,376