『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』
トム・ウェインライト 著
麻薬ビジネスを経済学で暴けば、優良企業に酷似していた!
内藤 順 HONZ編集長/広告会社勤務経済学という学問には、「人間は合理的な判断をする」という大前提が存在する。ある意味、人間社会を理想空間として考えるからこそ、メカニズムを解明することが可能になるのだ。
だが実際は、私たちの社会は不合理な出来事に満ちており、そこに経済学と現実社会との乖離が生まれる。しかし、これを裏返してみたらどうだろうか? つまり、不合理に思える領域が、ことのほか合理的なものであったなら……。それが本書のチャレンジである。
麻薬カルテルの世界と経済学、相入れないと思われた両者を結びつけた本書において、経済学はきわめて実践的に機能する。『エコノミスト』の編集者が世界中をくまなく取材して見えてきた裏社会の実態は、驚くほどに合理性に基づいていたのだ。
オフショアリングで原価管理し、サプライ・チェーンをマネジメントし、フランチャイズでビジネスを拡大する。知れば知るほど、麻薬ビジネスは優良グローバル企業に酷似している。
印象的なのは、麻薬ビジネスへの政府の対応が、禁止とコントロールを混同しているという指摘だ。禁止は一見正しいようだが、裏を返せば巨大産業の独占的な権利を、極悪非道な組織に委ねてしまっていることに等しい。
また、経済学的な観点からの数々の提言も実に刺激的だ。たとえば、より多くの国境検問所を開けば、一つひとつの検問所の価値が下がり、検問所を巡る抗争を減らせるかもしれないという指摘。にもかかわらず、国境に接した街で暴力が激化すると、国境封鎖を求める声が上がるのが実情だ。
つまり、合理的な裏社会を不合理な表社会の論理で押さえ込もうとしても無理筋なのだ。だが経済学という補助線を引けば、それが鮮やかに見えてくる。裏社会の実情を知る手がかりとしても、経済学の有用性を示す手法としても、注目すべき一冊だ。
『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』
トム・ウェインライト 著
千葉敏生 訳
みすず書房
¥3,024