写真は記録であると同時に記憶でもある。写真家・瀬戸正人『記憶の地図』展がスタート

  • 写真・文:中島良平
Share:

『Living Room, Tokyo[1989-1994]』の展示室に立つ瀬戸正人。8×10(エイトバイテン)の大判カメラで撮影した作品は、これだけのサイズに引き伸ばしても圧倒的な描写力を誇ることがわかる。

出合い頭の人物の素の表情を写した『Silent Mode』と、東京に住む外国人の暮らしをテーマとする作品『Living Room, Tokyo』で、1996年の第21回木村伊兵衛写真賞に輝いた瀬戸正人。被写体もテーマもさまざまに写真表現の可能性を追求してきた瀬戸の個展『瀬戸正人 記憶の地図』が、東京都写真美術館でスタートした。会場に入るとまず、虚ろな表情をした女性たちのポートレートが並ぶ。最新作『Silent Mode 2020』だ。

「90年代に『Silent Mode』を撮影したときは、心ここにあらずの人の顔を写そうとしました。それと同じように、まったく抜け殻になった人の姿を撮る新しい方法を考えたのです」

瀬戸が求めたのは、被写体となる人物の笑顔でもクールな表情でもない。また、撮影者と被写体の関係性を写真に浮かび上がらせたいわけでもない。写真は対象の表面を見せることしかできないと考える瀬戸は、その人の本質をどのようにしたら写し出せるか考え、2019年から新しい『Silent Mode』の制作に着手した。

『Silent Mode 2020[2019-2020]』 レンズから目線をはずし、長時間露光のために数秒間じっとした状態を維持するモデルを撮影。被写体となる人物の「抜け殻」の撮影を試みた作品だ。

「『止まってください』『5秒間動かないでください』『カメラも見ないでじっと自分の昔のことを思い出してください』とモデルにはひたすらプレッシャーをかけました。そうしながら撮影を繰り返すと、ふっと抜け殻になっていく瞬間があるんです。その人の本当の姿というのは、笑ったり表情を作ったりすると消えてしまいます。無表情にこそそれが浮かび上がってくると考えています」

被写体と同じように向き合った過去の作品として、『Living Room, Tokyo』をあげる。アジア諸国や中東からやってきた外国人、日本の各地域から東京に移り住んだ人々を当人たちの居住空間で撮影したシリーズだ。

「撮影するときに私は時代を意識するのですが、『Living Room, Tokyo』を撮影した当時は東京に働きにやってくる外国人が非常に多かったんですね。また地方から東京に人が集中することも社会問題になるほどだったので、その時代の社会を記録するために撮影しました。8×10(エイトバイテン)の大判カメラで撮影するには露光時間が必要ですから、やはり5〜6秒じっとしてもらう。このカメラは描写力がとても高いですから、部屋に置かれた本の背表紙の文字まで部屋のあらゆる情報を記録します。展示では原寸大に近いサイズまで写真を引き伸ばしたので、どこかから東京にやってきた人がどういう暮らしをしているのか、その部屋を訪れた感覚を味わえると思います」

『Living Room, Tokyo[1989-1994]』より「加藤麻美さん(26)京都市出身」 シャッターを開いている間はじっと息を止め、カメラからも目をはずしマネキンとなる。しかし克明に写された室内の情報が、被写体を取り巻く時代を、そのライフスタイルを想像させる。

『Binran[2004-2007]』 台湾のロードサイドに並ぶビンラン・スタンド。色鮮やかなネオンに彩られたガラス張りの箱にミニスカートや水着姿のセクシーな女性が座り、嗜好品であるヤシ科の植物、ビンランの実を販売している。瀬戸が撮影した写真には、「人知れず生きる女たちの竜宮」と出会った台湾での夜の記憶が焼き付けられている。

これまでに見たことのない写真を撮り、写真の謎に迫りたい。

『高名な僧侶の蝋人形・バンコク』 展示は6つのテーマで構成されているのだが、当然ながらいずれのテーマにも属さない写真も瀬戸は大量に撮影してきた。壁面にはテーマ別に作品を、柱や壁の厚みを利用して、そのような単体の作品を展示した。

展示室の入口付近に最新作の『Silent Mode 2020』が、出口に近いところに行くと初期作品の『Bangkok, Hanoi』が展示されている。タイで生まれ、8歳の頃に父親の故郷である福島県に一家で移り住んだ瀬戸のルーツを辿る旅が記録されている。

「タイで日本人の父とベトナム人の母のもとに生まれて、母方の親戚はハノイに住んでいて交流があるので、自分のルーツをスナップ撮影しようというのが動機です。福島も撮影してきましたが、その土地やそこに住む人たちのことを知り、考えることにつながるから撮影を続けるのです」

『Fukushima』の制作には、2011年3月11日の震災も大きく関わっている。津波と地震による福島第一原子力発電所の事故によって、放射性物質が舞い降りた恐怖や不安を福島の風景に投影した。写真に写るのは被写体の表面でしかないが、それは記録であると同時に、記憶でもあるのだと瀬戸は話す。

『Bangkok, Hanoi[1982-1987]』 生まれ故郷であるタイを巡り、知っている人も知らない人も、馴染みのある景色も初めての場所も写真に収めた。このシリーズと『Fukushima』には風景も含まれるが、瀬戸が風景を撮影した作品はあまり多くない。

『Fukushima[1973-2016]』 8歳の頃に生まれ育ったタイから父の実家がある福島県伊達市に移り住み、20歳まで過ごした瀬戸。2011年3月11日の震災が改めて故郷としての福島を見つめ直す契機となり、山林や河川の風景を画面に収めてきた。

「写真は現実を写すものですが、写した瞬間からその現実の景色は過去のものとなります。それを見返したときには、どういう時代だったのか、自分が何を見ていたのか、記憶を呼び覚ますものとして写真が機能するんです。だから、もし私が綺麗な花を撮影したとしても、その綺麗な花を見せたいのではなくて、何を考えてその花を撮影した私がいたのかを感じてもらいたいと思っています。写真には写っていないもうひとつのメッセージのようなものがあるかないかが、作家であるかどうかの境目なのかもしれません」

「見たことのない写真を撮りたい」という動機を持って撮影を続ける瀬戸正人。『記憶の地図』展に足を運べば、その多様な試みを受け取り、写真とは何なのかという疑問に思考を巡らせたくなるはずだ。

「写真は誰のものなのかという議論があります。私が撮ったから私の写真だという人がいれば、私が写っているのだから私の写真だという人もいます。カメラに口があったら、『私が撮ったんだ』というかもしれません。でも、じつは誰のものでもありません。私たちが死んで、撮影したカメラが無くなったとしてもこの写真は残るわけです。そうすると写真は誰のものになるのか。それを見た人のものになるんじゃないですか? その写真を見た人が何を感じるか。それが結局重要なんだと思います。本当に写真というのは謎だらけですから、撮影や鑑賞を通じて写真の謎を知りたいです」

『Fukushima[1973-2016]』の2点を前に、「この写真が自分にとってすごく新鮮だったので、こういう写真を撮りたいと思う」と話す瀬戸。画面に中心がなく、一見何を撮ろうとしているかわからないけど引きつける何かがある写真だと説明する。

瀬戸正人 記憶の地図
開催期間:2020年12月1日(火)〜2021年1月24日(日)
開催場所:東京都写真美術館 2階展示室
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
TEL:03-3280-0099
開館時間:10時〜18時
※入館は閉館の30分前まで
休館日:月、1月12日(火)、年末年始(12月29日〜1月1日)
※1月11日(月・祝)は開館
入館料:一般¥700
https://www.topmuseum.jp/