若者のクルマ離れが話題となっている一方、スマートフォンの普及により、デジタルカメラの存在意義も問われている。そんなご時世に登場したのが、高機能フルサイズミラーレスカメラと高性能スポーツカーだ。それぞれの代表的な存在であるニコンZ 7とトヨタ・スープラの開発を手がけたおふたりのお話を聞くと、本当の意味で豊かさを与えてくれるプロダクトの姿が見えてきた。
「スポーツカーがなくなっても誰も困らないと言われますが、まさにその通りだと思います」。トヨタ・スープラの開発を担当した多田哲哉さんのこの発言に、どきりとした。するとニコンZ 7のデザインを手がけた橋本信雄さんも、「スマートフォンで撮れるのに、わざわざ高いカメラを買う必要があるのかとおっしゃる方もいます」と苦笑する。けれども多田さんは、「そうは言いながら、実はスポーツカーは成長産業です」と断言する。それはなぜなのか?
「便利で役に立つクルマはカーシェアリングや自動運転に取って代わられるでしょう。その一方で、クルマ好きや運転を楽しみたい方はスポーツカーに集まります」というのがその理由だと言う。橋本さんも、「普通の写真はスマホで、作品を撮るならこだわってつくられたカメラで撮るというように、棲み分けが進むでしょう」と肯く。なるほど、スポーツカーとフルサイズミラーレスカメラは、同じような可能性を秘めたプロダクトなのだ。おふたりに互いの製品に触れていただきながら、スポーツカーとフルサイズミラーレスカメラについて考えてみたい。
機能優先で決まった、それぞれの基本骨格。
多田さんに、スープラのデザインへのこだわりをうかがうと、こう答えが返ってきた。「トレッドとホイールベースが決まると、クルマの運動性能のほとんどの部分が決まります。世界のスポーツカーの多くは、ホイールベースをトレッドで割った値が1.6より大きな値なのですが、スープラは1.55と常識を突き抜けた値になっています。安定性とコーナリング性能を突き詰めた基本プロポーションが、スープラのデザインの骨格となっています」。つまりスープラのデザインは、「走る」「曲がる」という機能を極めた上で成り立っているわけだ。
橋本さんは、スープラと同様に、Z 7のデザインも機能優先だったと明かした。「光学性能を高くするために、大型化した新しいマウントを採用しました。マウントを新しくするということは、カメラメーカーにとっては重大な決断です。でも将来を考えれば新しい機構が入るポテンシャルが必要ですし、たとえばNIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctという最大限に尖った性能のレンズも開発することができました」。このレンズは夜間の撮影を専門に行うカメラマンに絶賛されたほか、いままでに見たことがないほどリアルな画が撮れるとのこと。スマホではなく高機能ミラーレスカメラを選ぶ理由を考えれば、このような高性能レンズが使えることは重要だと言える。
何度も繰り返し行われた、手応えの試行錯誤。
スープラのハンドルを握った橋本さんは、「ハンドルの手応えはどうやって決めるのですか?」と多田さんに質問した。多田さんは、こう答える。「趣味の世界なのでハンドルの手応えは重要で、人によって好みがあります。スープラの場合はマスタードライバーをひとり決めて、協議をしながら彼の感性と照らし合わせて煮詰めました」。
橋本さんによれば、ニコンではこうしたフィーリングを決める時にはプロの写真家もまじえて、みんなで意見を出し合って議論をすると言う。「グリップのフィーリングとかスイッチの角度などは、何度もモックアップをつくって修正を重ねます。Z 7のグリップも、試作を何回やり直したかわからないぐらいこだわりました」。
ここで多田さんが、スポーツカー開発にまつわる秘話を披露してくれた。「スープラの前に出したトヨタ・86の開発をしていた時に、社長の豊田章男がプロトタイプに試乗して、『このクルマとは対話ができない』と言い残してすぐに帰ってしまったんです。発言の意味をよく考えて、下手な人が運転したらちゃんと走らない、一所懸命練習して運転したらうまく走る、そういうスポーツカーだからこそお金を払うんだという結論に達しました。下手クソには乗れないクルマにする、と言ったら営業に怒られましたが(笑)、スープラはそういうキャラクターがさらに色濃くなっていると思います」。この話を受けた橋本さんは、「さきほど紹介した単焦点のレンズも名刺の厚さぐらいの距離でピントが変わるので、使えるもんなら使ってみろというぐらいのレンズです。でも、そう言ったらやっぱり怒られますね」と笑った。
過去にオマージュを捧げ、新しい形を生み出す。
スープラに触れた橋本さんは、「最初は意外とジェントルだな、と思っていたら、踏み込んだらすごかった」と興奮気味に語る。「四隅のタイヤの位置が把握しやすいようにデザインしたという多田さんの言葉通りで、運転しやすいと思ったんです。でもアクセルを踏み込むとモンスターで、そのギャップに感激しましたし、技術力を感じました」。
一方、ニコンZ 7を構えた多田さんは、実はZ 7のオールラウンドモデルとも言えるZ 6の愛用者。もともと「ニコン以外はカメラじゃない」と断言する父上がいらっしゃる家庭環境で育ち、ご自身もニコンD7000などを愛用してきたそう。そして今年に入ってからZ 6を手に入れたとのこと。人間工学に基づいてデザインされたグリップやスイッチ類の操作性、あるいはレンズとボディの手ぶれ補正機構の組み合わせから生まれるシャープな画像などは既に体験済み。それでも、NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noctレンズを覗いて、「この描写力はすごい!」と顔を紅潮させていた。
ここで再びデザインの話に戻る。橋本さんによれば、カメラ界ではレトロなスタイルに回帰する流れがあるそうだが、Z 7は違うと言う。
「未来志向のカメラなので、デザインも無駄を削ぎ落とし、モダンで新しさを感じさせる造形を意識しました。光学ファインダーがなくなってデザインの自由度は増していますが、ただ1箇所、ファインダーが内蔵されているヘッド部だけはカメラらしさを残すために、見慣れた形にしました」
多田さんは、スープラのデザインについても「過去を振り返るような形は嫌いなので、新しいスポーツカー像を打ち出したかった」と語る。
「ただ、先駆者へのオマージュということで、Cピラー(サイドウィンドウ後端からトランクにかけての柱)は2000GTの雰囲気にしました」
ニコンZ 7とトヨタ・スープラは、ヘリテージを尊重しながら新たな造形美にチャレンジすること、愛用してくださる人の立場になって、こだわりを貫くという点でも共通している。カテゴリーの異なる両者だが、これからのプロダクトのあり方を示唆してくれた。