老舗の屋号を表す「のれん」と響きあう、生誕130年を迎えるヱビスビールのものづくり。

  • 文:西山 享
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着物に関わる悉皆屋(しっかいや)を代々営んできた屋号「中むら」を引き継ぎ、「のれん」を手がける事業をスタートした有限会社中むら代表取締役社長の中村新。現代におけるのれんの魅力や可能性、さらにヱビスビールのものづくりについて話を訊いた。

中村 新(なかむら しん)●1986年東京生まれ。有限会社中むら代表取締役社長。1923年に東京・神田で創業し2006年まで着物の染めや洗い張り、誂えなどを請負っていた家業の悉皆屋の4代目に就任し、2013年よりのれん事業を開始。デザイナーや職人とともにのれんをつくるディレクターとして活躍。「コレド室町」や「虎屋」などののれんを製作している。 Photo:MICHIHARU BABA

顧客と職人の間に立ち、こだわりののれんを提案する

中村新が代表取締役社長を務める「中むら」は、さまざまなリクエストに応じたのれんをつくる会社である。中村が担っているのは、デザイン会社や設計事務所などから注文を受け、顧客の要望に合わせたのれんの企画提案やデザインと表現に最も適した技術を持った日本各地の職人たちのコーディネートだ。

クライアントであるデザイナーとの打ち合わせ。職人の技術や現場を熟知しているからこそ、期待される以上の提案ができる。

「家業は永らく呉服に関する仕事をしていましたが、約20年前に廃業、私が約6年前に屋号を継いで再稼働させました。のれんをつくりたいとき、いまはウェブサイトを検索すればすぐに業者が見つかりますが、こだわりのある藍染などの伝統技法でつくるとなると、なかなか見つかりません。一方、腕のある職人たちも顧客とめぐり合う機会がなく、また保有する技術に適さない相談や商習慣の違いなどから、うまくコミュニケーションが取れないという課題も散見されます。この空白を埋めるべく、やるだけの価値があることなんじゃないかと。日本のものづくりを新しい形で始めたいと思ったのが、いまの事業をスタートさせた理由です」と振り返る。

東京・日本橋の再開発で誕生した商業施設。現在は「コレド室町1・2・3」と日本橋三井タワー、コレド室町テラスの5棟に、中むらが制作したのれんが掲げられている。また、紋のデザインも担当した。

前職は、エネルギー関連の商社で石油製品の営業をしていたという中村。ものづくりに携わる仕事がしたいと会社を辞めた後、縁のあった別注の風呂敷を手がける企業の廃業に伴い一部案件を引き継ぎ、そのなかで大手企業からのれんをつくってほしいという依頼が舞い込んだ。

「のれんをつくってみて感じたのは、のれんをつくる会社はあっても、歴史を深く掘り下げ、染色技術・ストーリー・デザイン・設置方法などをトータルで付加価値として提案する会社は、調べた限りなかったということ。その後、事業を本格的に始め、さまざまな縁に恵まれて職人さんとの繋がりも増えていきました」

印染めという伝統技法の染色風景。空中に生地を張り、紋やロゴなどの型において刷毛で染めていく伝統技法。

現在協働している職人は、個人から30名ほどの工場まで事業形態はさまざま。依頼に応じて最適な職人をアサインしていく。例えば2019年9月に東京・日本橋にオープンした商業施設のコレド室町テラスの場合、のれんの高さが4m以上あり、天と地で差異を感じさせないよう均等に染める高度な染色技術が必要となり、そのような染色を得意とする職人とともに製作したという。

2019年9月にオープンした商業施設、コレド室町テラスも担当。人が集う施設というコンセプトから「集」を表現した紋をデザイン。

「私の強みは直接のお客さまであるデザイナー、のれんを制作する職人、それぞれの考えていることが理解できるということ。人と人との関係をつくるという目に見えないものを設計することで価値を生み出していると思っています。いいものをつくるために職人とは本気で言い合える仲だから、職人の強みを活かすことをもっとも大事にしています」と、仕事に対するこだわりを語った。

ヱビスビールのパッケージは、のれんのようなたたずまい。

仕事は順調に増え、2019年には東京・日本橋から未来を巡るフェスティバル「NIHONBASHI MEGURU FES」のメインコンテンツである「めぐるのれん展」にも携わった。これは江戸時代の活気ある日本橋の問屋街が描かれた全長12mの絵巻「熈代勝覧(きだいしょうらん)」の賑わいを現代に再現することに挑戦をした。

公募から選ばれた若手デザイナー、第一線で活躍するクリエイター、日本橋に社屋を構える企業が、日本橋や自社をテーマにしたのれんをつくり、地下歩道で160m以上にわたってのれんを展示するというものだ。中村は職人のアサインをはじめ、のれんの製作全般を担当した。その反響は「多くのメディアに取り上げられ、SNSでのれんがこれほどツイートされたことはない」というほどの手ごたえを感じたという。

2019年9月から11月まで日本橋の三越前駅地下歩道などで開催された「めぐるのれん展」。若手デザイナー、ゲストクリエイター、地元企業がつくったのれんを展示した。

のれんがもつ魅力や可能性について聞いたところ、「のれんは平安時代には絵巻物に描かれており、江戸時代にまさに日本橋の問屋街で屋外広告物として進化・普及していきました。また向こう側の気配を感じる布の仕切りは、壁ではない内と外を分けるものとして、日本人の奥ゆかしさを表現した文化という側面もあります。これだけの歴史があるのれんには、もう一度フォーカスする余地がかなり多く残っているんじゃないかと思います」という答えが返ってきた。

「めぐるのれん展」で展示された、ゲストクリエイターの波戸場 承龍・耀次によるのれん。家紋を着物に手で描く職人、紋章上繪師の技術を代々受け継ぎ、親子で活動する。

のれんの可能性を追求する取り組みはすでに行っていて、「めぐるのれん展」ではプリーツ加工を使ったのれんをつくり、自社ではレザーやターポリン、PVCといった異素材での試作開発なども行っている。「これから目指したいのは、日常で当たり前にある日本の文化でも、違った視点から見ると、まだまだ価値を見出せるということをのれん事業を通じて提案すること。そのためにも職人の技術をしっかりと活かしたいですね」と展望を語った。

「めぐるのれん展」はデザイン誌や女性誌でも取り上げられ、多くの人がのれんの価値に改めて目を向けた有意義なイベントになった。

これまでのれんを通じて日本の伝統に向き合ってきただけに、来年で生誕130年を迎えるヱビスビールに対して、以前から好感をもっていたという。「お酒は大好きで、その中でもヱビスビールは頑張ったときの自分へのご褒美になる特別な存在。味によって缶のパッケージの色を変えていますが、のれんも呉服屋は藍色といったように、職業によって色を決める習慣があって、ヱビスビールと通じるものを感じます。また、高級感のあるロゴはまさにブランドの証。老舗の屋号を示すものがのれんだとすれば、ヱビスビールのパッケージはのれんのような印象を感じます」と語ってくれた。

現在、のれんとは何かを改めて編集する冊子も制作中とのこと。さらに東京都の事業である江戸東京きらりプロジェクトの一環として、2020年のパリでの展示イベントにも参加が決定している。新たな視点で見直すことで、これまでにないのれんの魅力がさらに引き出されることを期待したい。



ヱビスビールのルーツは1890(明治23)年に遡り、ドイツのビール純粋令に則った、戦後初の麦芽100%ビールとなって現在に至る。さらに通常のビールの1.5倍という長期熟成によって、しっかりしたコクとまろやかな味わいに。厳選したヱビス酵母が生み出す芳醇な香りが、プレミアムな雰囲気を際立たせている。

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