1979年、日本で最初のブティックとしてオープンしたエルメス 丸の内店。フランス屈指のメゾンにとっても大切な拠点であるこの丸の内店が、外装と内装を一新し16年ぶりに生まれ変わった。丸の内・仲通りという場所を意識し、日本の伝統と職人的な技術を取り入れて日本との繋がりを表現しながらも、“いちばん新しいエルメス”の姿を見せている。
“エルメス”と聞いてすぐに思い出すのが、8年前に行ったインタビューだ。当時、エルメスの皮革・馬具部門のクリエイティブ・ディレクターであったクーリ・ジョベールにデザインの源を尋ねたところ、彼女は「いい素材が手に入れば自ずとデザインは決まります。これはエルメスの哲学でもあります」と答えたのだ。
エルメス 丸の内店は、メゾンにとって特別な存在だ。1979年、日本で初めての店舗としてオープンし、2004年に現在の場所に移転したが、メゾンのメッセージを伝える拠点として40年以上にわたり、日本との繋がりを表現してきた。ましてや丸の内の中心である仲通りは皇居近くに位置し、都心にありながら豊かな緑に囲まれた場所。この場所とブティックの歴史をひも解けば、自ずとそのデザインのアイデアが見えてくるのではと、生まれ変わったブティックを訪れる前から確信していた。
一歩足を踏み入れれば、エルメスらしいラグジュアリーな空間が広がる
オレンジから艶やかなブラックに色を変えたブティックのファザードを抜けると、迎えてくれるのはグリーン・パールとシャイニー・ブラックで彩られたモザイク柄のタイルだ。パリのフォーブル・サントノーレ店を想起させる“エクスリブリス”柄のモチーフは、メゾンの象徴。このモチーフの色をグリーン調にすることで、自然豊かな丸の内エリアの環境を内装にもとりこんでいる。
1階奥の床には、丸の内周辺の自然や皇居のお堀の石、苔などからインスピレーションを得た見事な柄のラグが敷かれ、街路樹が並ぶ丸の内・仲通りエリアの環境と調和させている。ブティックのなかに入っても、開放的で街を散策するような心地よい気分でショッピングが楽しめる。これも丸の内店の特徴に違いない。
1階の入り口近くに並んでいるのが、スカーフやネクタイといったエルメスのアイコン的なアイテムだ。取材時に並んでいたのが、ピンクを中心にした鮮やかな色を使った新作スカーフ。トーンを変えたさまざまなピンクが使われ、エルメスならではの色の魔術を堪能できる。
エントランス正面にはスカーフが額装されているが、エルメスのスカーフを同じように額装して楽しむ人も多いと聞く。まるで絵画のような出来栄えだから、それも納得する。右手に並ぶのが、男性用のネクタイ。これも今季は色鮮やか。左手には香水類が並び、隣の棚にスモールアクセサリーが飾られているが、手に取りやすいようにという配慮から、あえてガラスをなくして“触れられるディスプレイ”にしている。
入り口から左手の部屋に納められているのがホームコレクション。今年3月に発表されたばかりの新作「パシフォリア」のテーブルウェア・コレクションが並ぶ。これはクリエイティブ・ディレクターのブノワ=ピエール・エメリーと、アーティストのナタリー・ロラン=ユッケルによるコレクション。
今回の作品は、豊潤なエデンの園にナタリーがインスパイアを受けて描かれている。実在の植物や架空の植物などを組み合わせており、緑だけでも30色以上も使われている。南国の旅へと誘うエルメスらしいコレクションで、華やかでありながらもどんな料理にも合う絶妙な柄。好調な売れ行きだという。
今回のショップの特徴といえるのが、店内に設けられたサロン的なスペース。1階奥にもゆったりとショッピングが楽しめるようにソファが置かれ、その右隣の棚にはエルメスらしいアクセサリーの新作が並んでいる。このスペースは決められたアイテムを並べることを想定したものではなく、お客様がゆったりと寛ぎながら新作を観てもらえるようにと設けられたものだ。
深い色合いのレザーチェアの真ん中に置かれたラウンドテーブルは、滋賀県で焼かれた信楽焼が天板に使われている。日本の自然を表現したラグの上で、信楽焼の蒼色が深さを増しているようにも見える。この信楽焼のテーブルもた、日本の伝統的エッセンスが表現されたものだ。
1階の左手奥は女性のジュエリーやメンズの腕時計を展開するスペースだ。中央のガラスケースに加え、2面の壁には博物館のように美しいジュエリーや時計がディスプレイされているが、この壁面にも今回のリニューアルに相応しいアイデアが見られる。実はこの壁には京都の西陣織のファブリックが使われおり、柄のモチーフとしてぶどうが描かれ、柄合わせも完璧だ。
スポットライトの光の加減で、壁の色もぶどうの柄も微妙に変化して見え、壁そのものに動きが感じられる。まさに日本の伝統技術とメゾンのデザインの融合。今年のエルメスの年間テーマである“イノベーションの動き”にも通じるものがある。
緑あふれる景色を眺める、居心地のいい2階へ。
2階はメンズ、レディースのプレタポルテ、シューズなどをラインナップしたフロアだが、2階へと続く階段は禅寺庭園を彷彿とさせる立体的な壁面になっている。これは左官職人の手仕事によるもので、日本の伝統的な風景と職人的な技術を取り入れたものだ。階段の手摺りはエルメスらしく革で巻かれ、フランス人の職人が巻いたと聞いた。この階段も日本とフランスの職人芸の融合と言える。
2階の特徴はガラス窓に囲まれた開放的な佇まい。仲通りの街路樹が目にダイレクトに入ってきて、都心とは思えない感覚に包まれる。2階のフローリングの材料に使われているのはすべて竹(バンブー)。これも日本らしさを表現したもので、老舗メゾンのこの店にかける想いが伝わってくる。
階段を上がった2階の手前側にあるのがメンズコレクション。メンズ部門のアーティスティック・ディレクターを務めるヴェロニク・ニシャニアンが手がけたコレクションで、この丸の内店では、靴やスニーカーの新作も人気が高いと聞く。2階奥、仲通りに面したスペースに展開されているのが、レディースのプレタポルテコレクション。2015年からレディースコレクションのデザインを担当するのはナデージュ・ヴァンヘ=シビュルスキー。メンズ、レディースともに、職人的な技術を感じさせ、上質でタイムレスさが際立つ服を、ゆったりとした空間のなかで選ぶことができる。
2階のメンズとレディースのコーナーを分けるパーテーションとなっているのが、マーブル調のガラスだ。ガラスにペイントしているように見えるが、実は染めた手漉きの和紙を2枚のガラスで挟んだものだ。手作業を感じさせる滲み具合が絶妙で、窓からの光が差し込むことで色が変化して見える。実はこのガラスは可動式で壁にそのまま収納することもできるので、レセプションなどでフロアを広く使いたいときには2階全体を一部屋のようにも使えるのだ。
随所に日本らしさや日本の伝統を表現しながらも、心地良さと使いやすさを考えた空間設計。これも新しくなった丸の内店の大きな魅力だ。
エルメスの日本1号店であった丸の内店は、昔からの古い客が多いという。親子、あるいは3代に渡って通い続けるお客様もいると聞く。だから今回の丸の内店のリニューアルでも重きを置いたのは、ゆったりと時間をかけてショッピングを楽しめる居心地のよさだ。だから店内には多くのサロン的なスペースを設け、アイテムを実際に手に取って、ゆっくりと吟味できるように考えられている。
日本の伝統が感じられるインテリアの雰囲気も、まるで家にいるような心地良さを感じられ、くつろぎながら買い物ができる贅沢さがある。ある意味、インターネットですぐにものが手に入る時代だからこそ、このようなおもてなしの体験が人間の心に豊さを与えてくれるはず。老舗メゾンはそれを知っているのだろう。
エルメス 丸の内店
〒100-0005 東京都千代田区丸の内3-3-1
TEL:03-3213-8041
営業時間:11時~19時