100年以上の歴史をもつパリのラグジュアリーファッションブランド、ベルルッティ。エレガントな革靴の印象が強かった同ブランドに、アーティスティック・ディレクターのクリス・ヴァン・アッシュの独特なクリエイティビティが持ち込まれ、ここ数シーズン話題を集めている。さまざまなアイコンをもつブランドをどのように進化させたのか、最新のスタイルとともに追っていきたい。
ベルルッティと聞くと、紳士のためのレザーシューズのイメージを抱く人が多いかもしれない。しかしながら、魅力は靴だけではない。ここ10年でウエアも大きく発展した。2011年に本格的に開始したレディ・トゥ・ウエアは、2018年に3代目のアーティスティック・ディレクターとして迎えられたクリス・ヴァン・アッシュによって大輪の花を咲かせつつある。彼はヘリテージを活かしながら、鮮やかにメゾンのDNAを進化させている。クリス・ヴァン・アッシュが手がける、ベルルッティの魅力について探っていこう。
歴史の中で生まれた、数々のブランドアイコン
ベルルッティは1895年、イタリア人のアレッサンドロ・ベルルッティがパリにて創業。自身の名を冠したレースアップのホールカットシューズである「アレッサンドロ」はエレガントの極みで、現在もブランドアイコンであり続ける。また、ポップ・アーティストのアンディ・ウォーホルが愛したローファー「アンディ」も同様にブランドアイコンであり、こちらは4代目当主のオルガ・ベルルッティがデザインしたもの。スクエアなトウが当時モダンだった。
シューメイカーとして美しいフォルムをつくり出すクラフツマンシップは卓越したものだが、さらにベルルッティたらしめているポイントは、レザーに対する優美でエキセントリックな加工だろう。
特徴的な着彩技法「パティーヌ」は大人の男を魅了してやまない。1980年代にオルガによって確立されたこの手法は、溶剤、精油、顔料、染料などを塗り込んでいき、得も言われぬ皮革の質感と風合いを生む。彼女は履き古した状態こそ美しいと考えていた。そうした経年変化を感じさせる絶妙な色合いはブランドの象徴となっている。キャンバスとなるアイテムももちろん一流のレザーでなければならない。オルガは、フルグレインレザーを特別な鞣しで加工し、メゾンオリジナルのヴェネチアレザーをつくり出した。
そしてもうひとつが、筆記体の文字列柄だ。スクリット(scritto、イタリア語で文章の意味)と呼ばれるノーブルなパターンは、オルガがオークションで手に入れた古い手紙のカリグラフィーからインスピレーションを受け生み出したものだ。バッグや財布などに刻印され、ベルルッティ独自の存在感を放ってきた。
クリス・ヴァン・アッシュは、これらのブランドヘリテージを見事に現代の男性服に落とし込んでいる。ベルルッティのレディ・トゥ・ウエアは2011年からスタートし、まだ10年。アーティスティック・ディレクターとして、アレッサンドロ・サルトリがベルルッティのウエアの基礎をつくり、次のハイダー・アッカーマンが色気を加え、そしていまのクリスへとバトンが渡った。彼が添えているのは若々しさだ。パティーヌを連想させる鮮明な色づかいやスクリットがさまざまに応用されて出現している。
クリスのモダンな感性とベルルッティのヘリテージは見事に融合。2020年春夏ではより軽快に、ダンディに。思わず纏いたくなるウエアが揃った。
クリス・ヴァン・アッシュの手による、時流に合ったスーツ
近代以降、男性にスーツが必要なのは変わらない。これだけオフィスカジュアルが謳われようが、大人の男たるものダンディに、知的に、スーツを着こなせるとやはり違いが出るものだ。見方を変えれば、女性に比べ装いが制限される男性の数少ない特権ともいえる。
クリスがつくるベルルッティのスーツは、以前のメゾンで彼が手がけていたものとは印象が異なる。かつては、クリスの師匠であるエディ・スリマンの影響が色濃く、タイトで直線的なシルエットが多かった。しかし、ベルルッティでは一変。このダブルのスーツは細いラペルがクリスらしくシャープな印象だが、少し張り出したショルダーラインはいまのトレンドを席巻するシルエットを感じさせる。少年性がクリスのクリエイティビティのひとつにあるが、さらに進化したようだ。
ボリュームあるショルダーラインは男をグラマラスに見せる。そしてジャケットのウエストはタイトに絞られ、ボトムのスラックスはテーパードした細身のシルエット。全身を見ると逆三角形のフォルムとなる。まるで、かつての80年代パワースーツのように男の威厳が宿っているかのようだ。
スーツのファブリックはスクリットが織られたジャカード地。遠目にはシンプルなダブルのブラックスーツにしか見えないので、ダンディでもありつつ、プレイフルでもある。華やかなパーティなど少し遊びを入れたスーツを着用できる場にうってつけだ。もちろん革小物も艶やかなパティーヌを用いたベルルッティのアイテムで揃えたい。
クリスのクリエイティビティにはカジュアルでスポーティな要素もある。今シーズンのベルルッティに反映されたのが、このモーターサイクルブルゾン。先シーズンにモトクロスパンツがリリースされたが、この春夏にはブルゾンも登場。モトクロスバイクのレースで用いられるようなワッペン刺繍やパターンの切り替えなどがグラフィカルな一着だ。ヨーロッパではバイク・自転車通勤者が比較的多く、スーツの上にブルゾンを羽織る需要があることからジャケット・オン・ジャケットとしても着られる仕立てとなっている。アームの太さや身頃のゆとりを調整して、カットソーの上から羽織っても違和感のないフィット感を実践、見事なパターンメイキングといえる。
クリスはディオール オム時代、多様なスーチングを見せてきた。フォーマル過ぎず、気軽にスーツを楽しめるような、カジュアルなスーツスタイルも得意だ。シンプルなスーツスタイルを着崩し、遊び心を取り入れたい。
さらに前身頃や背面など、いくつものポイントに配された「BERLUTI」のロゴに目が行く。クリスがアーティスティック・ディレクター就任後、すぐにリニューアルしたもので、インパクトのあるサンセリフ体のロゴとなった。手がけたのは、ロエベの新たなロゴも生み出したパリの人気デザインスタジオ「エムエムパリス」。リニューアルで発表されたキャンペーンはヌードモデルがアレッサンドロを持って佇むセンシュアルなイメージで、若々しいベルルッティ像を印象づけるものだった。
メゾンのヘリテージを応用した、レザーのボンバージャケット
幻想的な美しさを放つシルクシャツは、イタリア・フェラーラの工房で、パティーヌの作業後に大理石のテーブルに残った染料からヒントを得たもの。パティーヌでは溶剤や顔料などを用いているため、その作業時には鮮やかな香りが漂っているだろう。クリスのようにパティーヌがつくられる工程に目を付け、デザインに落とし込んだ者はこれまでいなかった。まさしくベルルッティへの愛着と親和性を感じさせる。
シャツは、スクリットを織り込んだジャカード生地に、大理石の模様をプリント、そしてグリーンやブルー、パープルという着色を重ねてプリントした、手が込んだ逸品。シルクは扱いに困るという人が多いかもしれないが、薄く涼しく、抗菌作用ももつことから春夏向けの素材だ。ボトムには、同じくパティーヌからインスピレーションを得たエメラルドグリーンのパンツを合わせ、爽やかな春夏を演出したい。
以前のクリスは、エディがつくったモノトーンの世界観にビビッドな挿し色を用いてきた。この感性が見事にベルルッティでも反映されている。カジュアルなスタイルでもクリスの創造性は発揮されるのだ。
そしてベルルッティの真骨頂はやはりレザーづかいだろう。美しい革の扱いはパリブランドならではのエレガンスといえる。やり過ぎのように見えてどこか品があるのだ。クリスはこのヘリテージをアクセサリーのみならずウエアにも応用している。これまでもパティーヌ風の加工や、スクリットが施されたレザースーツを発表しているが、今シーズンはカジュアルなボンバージャケットが登場した。
スクリットは拡大され、ポップにボディを覆う。レザーはカーフのためやわらかく、踊るような印象だ。前頁のモーターサイクルブルゾン同様、スーツの上からも着られるよう設計されているためアームが太め。美しいレザーのしわがそこには現れている。
インナーには今シーズンのキーカラーのひとつであるオレンジのダブルフェイスニットのポロ、ボトムにはシンプルなデニムを合わせて、ノンシャランに着たい。ベルルッティのデニムはストレートで細すぎないシルエットになっており、ここにもクリスの新たな一面が垣間見える。ベルルッティでは存分に彼のクリエイティビティが活かされ、メゾンのDNAとマリアージュしている。
最後に、オルガ・ベルルッティが残した名言を紹介したい。「靴を磨きなさい、そして自分を磨きなさい」。いま大人の男を磨くには、クリスのベルルッティがふさわしい。
問い合わせ先/ベルルッティ・インフォメーション・デスク TEL:0120-203-718