TRUNK(HOTEL)が目指すのは、「これまでにないホテル」をつくること。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:吉田 桂
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オリジナリティあるコンセプトで東京の面白さを発信するホテル、TRUNK(HOTEL)。代表・野尻佳孝さんが、ホテルに対する想いを前後編で語る。後編は運営企画推進部のメンバーを加えて、海外の事例も挙げながらブティックホテルの未来について語り合った。

企画を統括する立場から一緒に海外視察へ赴くことも多いという3人、左から小南綾さん、野尻佳孝さん、木下昌之さん。日頃から会話を重ね、細部に至るまで考えを共有している、まさに一枚岩のチームだ。

2017年、等身大の社会貢献を目指す「ソーシャライジング」をコンセプトとして渋谷に誕生したTRUNK(HOTEL)。次いで19年、神楽坂の元料亭を1日1組限定の一軒家ホテルとして甦らせたTRUNK(HOUSE)。

コンセプトもデザインもまったく異なるブティックホテルを生み出すことで東京の面白さを掘り起こし、広く世界に向けて発信し続けるというプロジェクトを率いているのが、こちらの3人だ。

TRUNK以前には日本に存在しなかった“ブティックホテル”。では、いったいブティックホテルとはどんなホテルを指すのだろうか。

ブティックホテルとライフスタイルホテルの違いとは。

ソーシャライジングをコンセプトとするTRUNK(HOTEL)のラウンジには、ホテルで廃棄されたダンボールを再利用したアートワークが。コンセプトが明確であることは、ブティックホテルの特徴のひとつ。©TRUNK

「ブティックホテルは、オーナー色が強くコンセプトが明確で、クリエイティブに力を入れていて、一般的にはアッパーミドル以上の価格帯のホテルのこと」と木下さんが説明すると、野尻さんは「インターナショナルゲストが多いのも特徴だよね」と付け加える。

さらに小南さんは「スタッフのユニークさ」も重要と言う。マニュアルに従って動くのではなく、スタッフの裁量でゲストに接するからこそ、ホテル自体の個性が際立ち、リピートするようなファンを獲得できるのだ。

野尻佳孝●1972年、東京都生まれ。大学卒業後、損害保険会社に就職したのち、98年に26歳でテイクアンドギヴ・ニーズを設立。2001年に現在の新ジャスダック、06年には東証一部に、いずれも史上最年少で上場。そして2016年、株式会社TRUNKを設立し、同社代表取締役社長に就任。

対してライフスタイルホテルとは、グローバル展開しているホテルチェーンが、多様化するユーザーのニーズに対応できるようにブティックホテルに倣って生み出したカテゴリーのこと。「スニーカーを履いたクリエイターが、スーツに革靴のビジネスマンが集うラグジュアリーホテルにはない居心地の良さを得られるホテルですね。ホテル側がゲストのスタイルに合わせていった結果です」と木下さん。

「ライフスタイルホテルはホテルチェーンの1カテゴリーだから、やはりマニュアルで運営せざるを得ない。そこがインディペンデント系のブティックホテルとの大きな違いです。でも、日本はブティックホテルとライフスタイルホテルを混同しがちで、世界の認識とずれてしまっているんですよ」

小南綾●アメリカ・ニューヨーク大学でビジネスマネジメントを学んだ後、東京で外資系ラグジュアリーやリゾートホテルの立ち上げに参加するなどの経験を経て、2017年株式会社TRUNKに入社。ラウンジマネージャーとしてイベントの企画を手がけたのち、現在は運営企画推進部にて新規プロジェクトに携わる。
木下昌之●アメリカ・ペパーダイン大学を卒業後、外資系ラグジュアリーホテルに勤務し、東京、上海、ハワイを拠点に営業やマーケティングを担当。2016年に株式会社TRUNK入社。運営企画推進部にて新規プロジェクトのコンセプトやコンテンツ開発、事業企画に従事している。

世界のホテル事情を知り尽くしているからこそ見えてくる、世界と日本の違い。野尻さんをはじめとするTRUNKのチームは、情報をアップデートし、ホテルづくりのアイデアをインプットするため、定期的に海外視察に出かける。

視察するホテルは、自分たちでリサーチしたり、地元のヒップスターたちから情報を募ったりしてリストを作成。それをスタッフで手分けして毎日違うホテルに泊まり、空いた時間で泊まっていないホテルを巡って、1回の視察ツアーで最低でも合計50軒以上回るのだという。

「プロダクトチームはバスローブとかシーツを、内装チームは壁とかの手触りをこっそり確認してる(笑)。ホテル1軒につき視察は10分程度だから大急ぎだよね」と野尻さんが言うように、スケジュールはかなりハードだ。

海外の最先端ホテルを視察して見えること。

「ロンドンのザ・ネッドではテンション上がったよね」「上がりましたね」「場のエネルギーがハンパない」「あのホテルは丸一日過ごせる」「いや、3日」と、視察に訪れたホテルを振り返り、会話が弾んだ。

では、いままで視察に訪れたなかで印象に残っているホテルはどこだろう。

真っ先に名前が挙がったのはロンドンのザ・ネッド。ロビー中央のステージで毎夜ライブが行われており、金曜の夜に小南さんがホテルの部屋に帰ろうとしたら人がいっぱいでなかなかホテルに入れなかったほど盛況だったそう。「レストランが11店舗もある巨大なホテルだから、リスクも大きいはずなのに、あれだけの人を熱狂させて、集客できているのはすごい」と野尻さんも感銘を受けたという。

ロンドンの金融街にあるザ・ネッド。1939年築の元銀行の建物をリノベートし、11店舗ものレストランと250の客室、スパなどを備えた大規模なホテルだ。ロビー中央ではライブが行われ、毎夜大盛り上がり。photo: Yoshitaka Nojiri
ザ・ネッドのバーバーでカットしてもらう野尻さん。女性用と男性用それぞれの美容室のほか、銀行時代の金庫室を利用したバーやかつて金塊の保管庫だった地下の会員専用プールなど、ゲストを楽しませる仕掛けが満載。photo: Yoshitaka Nojiri

続いて挙がったのが同じくロンドンのチルターン・ファイヤハウス。サービスもインテリアも料理もすべてがハイクオリティな上、秘密のラウンジや隠れ場的スペースといったユーモアのある演出も多彩。「富裕層が多く暮らすエリアにある、ということもあるかもしれませんが、そこにいる人自体がデザインになっているほど、ホテルにいる人々が素敵でした」と木下さん。

「アーティストが家賃として作品を寄贈するアーティスト・レジデンスをやっていて、働いているスタッフの個性の強さも際立ってましたね」と小南さんが言うのはロサンゼルスのプティ・エルミタージュ。「スペースづくりも上手いし、接遇もちょうど良くて、チルアウトするのに最適」と野尻さんも絶賛。

ロンドンのチルターン・ファイヤハウスは、その名が示すように元消防署の建物を改装して2013年にオープン。トイレの先にある隠れ場的スペースや、限られた人のみが利用できる秘密のラウンジなど遊び心たっぷり。photo: Yoshitaka Nojiri
プティ・エルミタージュはロサンゼルス滞在時の野尻さんの定宿。ヴェネツィアの雰囲気を漂わせる19世紀ロシアをイメージしたエキゾチックな空間が特徴だ。スタッフには役者の卵が多く、おもてなしも個性的。photo: Yoshitaka Nojiri

「刺激的」「摩訶不思議」と3人が評するのはイビサ島のラ・グランジャ・イビサ。「禁酒法時代にアルコールを密売していたスピークイージーのように、外観は誰かの別荘みたいで、ホテルには見えない」と小南さん。

こうした海外視察からインスピレーションを得て、スタッフ同士でアイデアを交換しながら、まったく新しいものを生み出すのがTRUNKの手法。

「視察で訪れるのはホテルだから、目にするものはすべてホテルの概念の範疇内。見てきたホテルを模倣するのではなく、既存のホテルの概念を覆すようなことができればと思っています。むしろ、どんなに面白くても他のホテルが既に実現しているアイデアはすべてやめようという考えです」と野尻さん。

ラ・グランジャ・イビサは、イビサ島にあるエクスクルーシブなホテル。エントランスに看板はなく、宿泊募集もしていないので、紹介者がいなければ辿り着けないが、それゆえプライベートな時間が満喫できる。photo: Yoshitaka Nojiri
世界中からパリピが集まって爆音の音楽に合わせて踊り狂う……というイビサのイメージを覆すラ・グランジャ・イビサ。施設内には緑の樹々に囲まれたプールがあり、家族や恋人とのんびりと気ままに過ごすのに最適。photo: Yoshitaka Nojiri

TRUNKから広がっていくイノベーション

マニュアルがないからこそ、スタッフそれぞれがオーナーシップをもって働くことができる。スタッフからの発案で実現した試みも新鮮なものばかりだ。©TRUNK

いままでのホテルの概念にはなかった新しい価値を追求するTRUNK。そのためにもっとも大切なのは人。つまりスタッフの力だと3人は口を揃える。

「スタッフはTRUNKが大好きで、やりたいことを実践したいという熱量が高くて、だからこそ『TRUNKは自分のもの』っていうオーナーシップをもって誰でも議論ができる。みんなが特技を発揮できる環境なんです」と小南さん。

たとえば、館内のフラワーデザインチームのスタッフの提案から、イベントなどで装花に使用した後のまだ利用できる花を販売したり、陶磁器の金継ぎが得意なレストランスタッフがホテルで使えなくなった陶磁器を再利用してワークショップを開いたり。その他にもルーフトップチャペルでのメディテーション(瞑想)イベントなど社員のアイデアからユニークな取り組みが実現している。もちろん、レベルの高いサービスが当たり前のようにできているスタッフだからこそ、余白でチャレンジができるのだ。

月曜限定で開催される「ソーシャライジングフラワーマーケット」。土日に行われる挙式やパーティで使用した花を“セカンドバリューフラワー”として販売。ブーケがワンコインで購入できるとあって、毎回完売するほどの人気イベントだ。©TRUNK
放置自転車の部品を組み合わせて「ソーシャライジング自転車」をつくり、宿泊客に貸し出すというサービスも行なっている。とことんまでアップサイクルにこだわるTRUNK(HOTEL)ならではの試みのひとつ。©TRUNK

ゲストとスタッフとの距離が近いのもTRUNKらしさ。満室で泊まることができなくとも、仲のいいスタッフにわざわざ会いに来るゲストもいるとか。「ゲストと仲良くするなんて、今までのホテルではあり得ない」と、都内のホテルに勤めた経験のある木下さんにとっては衝撃的ですらあったという。

野尻さんが常に目指しているのは、ホスピタリティ業界でイノベーションを起こすこと。

「そのためにはスタッフみんながワクワクしないと。ワクワクする能力が高い集団なら、イノベーションを生み出すことができるはず。そうすれば東京の街も変わっていくんじゃないかな。TRUNKブランドでは2027年までに都内で10軒の展開を予定しているので、楽しみにしていてくださいね」

スタッフ一人ひとりがワクワクしてホテルづくりに向き合えば、イノベーションがきっと生まれるはず。そんな“ワクワクするプロ”がホスピタリティ業界にさらなる新風を巻き起こしていく。

TRUNK(HOTEL)

東京都渋谷区神宮前5-31
TEL:03-5766-3210
部屋数:15室
料金:テラススイート¥570,000~、ダイニングスイート¥150,000~、スタンダード¥30,000~(税サ別)
https://trunk-hotel.com


TRUNK(HOUSE)

東京都新宿区神楽坂3-1-34
TEL:03-3268-0123
料金:¥500,000(税サ別・最大4名まで、3名以上は¥50,000/1名の追加料金)
https://trunk-house.com