日本を代表するクリエイティブ・ディレクター、佐藤可士和の仕事の根幹を担う独自の方法論を、前後編に分けて読み解く。後編は「デザイン経営」をテーマとして、クリエイティブをビジネスとブリッジさせてきた先駆者である、佐藤の取り組みを紹介する。
クリエイティブとビジネス。一見、相反するような双方をブリッジし、融合させることで、佐藤のブランディングは数々の成果を上げてきた。
「一般的には、デザインというと最終的なアウトプットとしての表現の部分に限定されがちですが、僕はもっと広義に捉えています。デザインとは、ビジョンを設計することだと」
単に商品を美しく見せることで売り上げがアップするという話ではない。理想とする未来のビジョンを形にしていくプロセスのすべてがデザインであり、理想と現実の間に立ちはだかる課題を、クリエイティブの力を使って解決していくことがデザインの役割である。こう考える佐藤だからこそ、デザインと経営はむしろ必然的に結びつき、ブランディング戦略の要となっていった。
2018年、経産省と特許庁が「デザイン経営宣言」を打ち出し、デザイン的な思考を経営に活用することで国際競争力を高めていこうと提言されたが、佐藤はそれを先行して実践してきたことになる。
楽天では、デザインをいち早く経営の核に据えた。
佐藤が手がけた「デザイン経営」の最初の実例が、楽天のブランディングだ。始まりは2003年というから、18年も前からの取り組みとなる。
「社長の三木谷浩史さんは、当時からブランディングやデザインの力の重要性を実感されていました。ビジョンを実現していくために、一緒に挑戦してほしいと言っていただきました」
そのビジョンとは、グローバルイノベーションカンパニーであり続けるということ。佐藤は、ブランドロゴのデザインを皮切りに、楽天のさまざまなサービスをデザインで整理してユーザとのコミュニケーションをスムーズにするなど、社内のクリエイティブワークを統括する役割を担っていった。さらに、ブランドの方向性を左右する経営判断や新事業構想もサポートするなど、いちクリエイターとしての枠を遙かに超えた深い関わりで、楽天の飛躍を後押ししてきた。
いまや30カ国の拠点から、70以上ものサービスを展開するグローバル企業へと成長した楽天。2020年に一新したオリジナルのグローバルフォントは、経営戦略としてのデザインの最新例だ。
「インターネットを軸に膨大なサービスを展開する中では、アウトプットする情報量も相当なもの。書体や色という根本部分をコントロールすることで、ブランドの世界観が整っていくんです」
新フォントの基本形となる「Rakuten Sans」は、楽天のロゴを骨格のベースにしているため、ブランドとしての統一感も伝わる。全部で4種類・各5ウェイトのフォントから、用途に応じて最適な書体を使用し、ユーザにより伝わりやすい形でメッセージを訴求していく狙いだ。
デザイン経営の一環としてつくられた、「楽天デザインラボ」の果たす役割も大きい。「楽天グループ全体のデザインクオリティを高め、デザインを資産として蓄積していくことで、ブランドの価値最大化を目指したい」という佐藤の提言により、2018年に立ち上げられた社内のデザイン組織だ。楽天のブランディング当初から経営に深く関わってきた佐藤は、企業がデザイナーに発注するという従来の関係性をアップデートした。
「デザインラボ発案のように、なにをつくり、なにをやめるべきかという提案ができるようになったのは大きいですね」
ここでは、数々のサービスやプロダクトのロゴや広告、スペースデザインまで、多様なプロジェクトから生まれるデザインやガイドラインの策定を、所属デザイナーたちが監修している。グローバルフォントの開発に当たったのも、デザインラボのメンバーたちだ。
「今後さらに楽天がグローバル企業として歩んでいく上で、デザインラボをはじめ、“デザインを経営の核に据える”という取り組みは、日系企業では革新的な事例になると思います」
セブン-イレブンでは、日常に溶け込むデザインで消費者の心をつかんだ。
2010年から始まった「セブン-イレブン」のブランディングも、クリエイティブとビジネスが直結した顕著な例だ。佐藤がセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長(当時)から受けたのは、「セブン-イレブンをもっとよくしてほしい」というストレートな依頼。当時はコンビニ業界全体が飽和状態と言われていたタイミングでもあり、同社も踊り場を迎えていた。
改革のタッチポイントはいくつか考えられたが、佐藤がリブランディングの核にしたのは、登場して3年目を迎えていた「セブンプレミアム」。
「コンビニのプライベートブランドの先駆けとして画期的でしたが、そこにはブランド全体を統括するようなデザインの視点が入っていませんでした」
既に1700以上あったアイテムは、ロゴもパッケージもさまざまなタイプが混在。そこで、すべてのアイテムを整理し直すことから始め、全体のデザイン戦略を再構築することにした。
佐藤が目指したのは、日常にしっくり馴染むデザイン。一般的なナショナルブランドの商品は、店頭で目立たせるため派手なパッケージが多いが、家庭に持ち帰ると強すぎて浮いてしまいがちだ。一方、価格や流通面で優位なプライベートブランドは他社との差別化を図る必要がないため、家庭の空間に溶け込むシンプルなパッケージにすれば、上質感を求める時代のニーズに合致するのではないか。
「こう考えて、まずカテゴリーを整理し、白をベースに商品写真と黒の商品名という、ミニマルな構成のパッケージのデザインフォーマットを作成しました。単品としてはシンプルでも、コンビニの棚でずらりと並ぶと、統一感があるので全体でひとつのアイコンになる。面として構成されると強いんです」
こうしたアプローチは多くの消費者に受け入れられた。まさにデザイン経営が成功した形となったのだ。
さらに、空前のヒットを記録しただけでなく、人々のライフスタイルまでを変える社会現象となったのが「セブンカフェ」だ。同社は過去にも複数回コーヒー販売にトライしていたが、佐藤は「セブンプレミアム」の一環として同じアプローチを導入。シンプルで洗練されたコーヒーマシンやカップをデザインし、街やオフィスで手にしてもしっくり馴染むよう配慮した。味へのこだわりも徹底し、100円でおいしく飲める本格派の提供を目指して2年がかりで開発。淹れ立てのコーヒーをコンビニで気軽に買うという新しいスタイルは瞬く間に浸透し、累計販売数は2019年2月で50億杯を突破した。
こうしたセブン-イレブンや楽天のブランディングは、クライアント側もデザイン経営の重要性を認識していた先進的な例だが、まだまだ一般的に浸透しているとは言いがたい。
「企業もデザインを広義に捉える視点が必要だし、クリエイターも経営の感覚をもつべきではないでしょうか。ビジネスの根本的なところからクリエイティブの力を活用してもらえたら、さまざまな課題を突破していけると信じています」
事業の規模が大きくなるほど、統制をとっていくことは難しくなる。だが、デザインの視点をビジネスに取り入れることで、より強固な価値が生まれていくということを、佐藤が手がけたこれらの例は教えてくれる。
佐藤可士和の20年の仕事の歴史を1冊に収めた『ペンブックス 新1冊まるごと佐藤可士和。[2000-2020]』が発売。購入はこちらから。