アイヌの伝統を現代に継ぐ、ビームス「フェニカ」のクラフトアイテム

  • 写真:永井泰史(portrait)、宇田川淳(still life)
  • 文:牧野容子
Share:

“デザインとクラフトの橋渡し”をテーマとする、セレクトショップ「ビームス」のレーベル「フェニカ」。アイヌの伝統を受け継ぐつくり手たちとコラボレートして、現代のくらしに合わせたクラフトアイテムが完成しました。

ジュエリー作家のAgueさんがつくるクマの手を模したシルバーのリング。「フェニカ」のシンボルマークのツバメが刻印されている。

アイヌの伝統工芸の技術を活かし、現代の暮らしに合わせたものづくりを行なおうと、2年前にスタートした今回のプロジェクト。「フェニカ」でディレクターを務めるテリー・エリスさんと北村恵子さんが、阿寒湖のアイヌコタンを中心に北の大地で暮らすアーティストたちと試行錯誤を重ねてつくり上げてきたクラフトが完成し、東京に勢揃いします。つくり手を訪ねる旅のレポートに続いて、今回はそれぞれの新作とつくり手を詳しく紹介します。


前編記事:アイヌ クラフトを探して、ビームス「フェニカ」と北海道・阿寒湖へ。

アイヌの伝統を学び、現代の暮らしに向けた木彫作品。

「以前、白老のアイヌ民族博物館を訪れたときに見たクマの彫刻にエリスがとても惹かれて……立ち姿のクマの像なのですが、今回、瀧口さんにはそのイメージでつくってもらえないかとお願いしたのが最初でした」と北村恵子さん。左:座り熊¥17,600(税込) 右:オリジナル熊 ¥25,300(税込)

1960年代〜70年代の北海道ブームで、お土産の定番的存在として一世を風靡した木彫りのクマは、木彫を得意とするアイヌの人たちがヨーロッパ・スイスのお土産を参考にしてつくったのがそもそもの始まりです。近年、その技術や造形美が注目され、再び新たなブームを呼んでいます。今回、クマをはじめとする木彫作品を手がけた瀧口健吾さんは、阿寒湖を代表する木彫作家、瀧口政満さんが遺した工房兼土産品店を営業しながら作品づくりを行っています。

シラカバの木でつくったバターナイフ。持ち手の部分の模様は「アイヌの伝統的文様に自分なりの線を加えたりしたもの」と瀧口さん。モレウ(渦巻き)のようなくるりと巻いた模様が気に入っているという。¥3,850(税込)
アイヌの女性が胸から下げて持ち歩いていた「チシポ」(針入れ)。布の中に針が納められている。昔は先端部分に古銭がつけられていたが、今回はシカの角のリングに。布の部分の刺繍は瀧口さんの母が制作。各¥9,900(税込)
実用性と芸術性を兼ね備えたデンマークのカトラリーのようなイメージで作ったシンプルなサラダサーバー。インテリアとしても楽しめるように、穴を開けて吊り下げられるようにした。各¥6,050(税込)

「中学を卒業してからしばらく故郷を離れて海外で暮らしていました。アイヌのこととか、父親のこととか、長年、特に意識していないつもりでしたが、数年前に北海道に帰ってきて、カムイノミ(アイヌの人々が神への祈りを捧げる儀式)を初めて見たときに自分でも驚くほど心に響いて涙があふれてしまって……」と振り返る瀧口さん。以来、改めてアイヌの文化を学ぶうちに儀式で使うイクパスイ(捧酒箸)を自分でつくりたいと考えるようになり、徐々にほかの木彫もつくるようになったのだそうです。いまもアイヌの言葉や踊り、木彫の材料になる木について、日々、学び続けている瀧口さん。作品の素朴な風合いに、優しさと温かみを感じさせます。

瀧口健吾(たきぐちけんご)/1982年、彫刻家・瀧口政満氏の長男として生まれ、阿寒湖アイヌコタンで育つ。オーストラリア・アデレードの高校へ進学。現地でバードカービングに出会い、木彫りに興味をもつ。帰国後、父の死を機に昨年から「イチンゲの店」を継ぎ、木工作家として活動している。



刀下げ帯を原型として、糸からつくったブレスレット

オヒョウの木の皮やイラクサなどの草の繊維を乾燥させ、紡いで糸にしたものをベースに、草木染めの木綿糸を加えて編み上げるブレスレット。糸を紡ぐ「カエカ」という作業などを含め、長い時間と手間をかけてつくられる。左:¥62,150(税込) 右:¥38,500(税込)
留めの部分にはエゾシカの角を使用。写真のタイプとボタンタイプの2種類がある。ボタンをかけるループにはエゾジカの腱とイラクサの繊維を混ぜた糸を使うことで強度が増した。下の飾りはアイヌの魔よけ「ペヌㇷ゚」で、蔓植物のイケマの根を乾燥させたもの。

樹皮や草の茎など、自然素材からつくった糸を編み上げたブレスレット。その原型はアイヌの刀下げ帯、エムシアッです。エムシアッは男性が儀礼の際に刀を盛装として身につけるための帯で、ギターストラップのように肩から掛けて使います。アイヌの人々の工芸はもともと暮らしの中で必要な技術として継承されてきたもので、男性は木や動物の骨や角に彫刻する技術を、女性は刺繍や編み物、織り物などを代々、身につけてきました。

この作品を手がけた郷右近富貴子さんも祖母や母、叔母から手仕事を習い、その技術を生かして小物やアクセサリーをつくっていました。このブレスレットもその一つで、糸の材料となるオヒョウの木の皮やイラクサなどの草を山に採りにいくところから作業が始まります。
「オヒョウの糸はアイヌのアットゥシと呼ばれる着物にも使われています。麻のような手触りで、使っているうちにしっとりと柔らかく、しなやかになるのでブレスレットにも向いていると思いました」と富貴子さん。エゾジカの革や角も使ったブレスレットには、細部にまで阿寒湖の自然の恵みが活かされています。

郷右近富貴子(ごううこんふきこ)/阿寒湖アイヌコタンで育つ。アイヌ料理の店 民芸喫茶「ポロンノ」を家族で切り盛りする。手仕事の傍ら、姉妹ユニット「Kapiw & Apappo」としてアイヌ音楽のライブ活動を行い、アイヌ文化に関する講演、文化交流などの活動も幅広く行なっている。

クマの手やアイヌ文様をモチーフとした、シルバーアクセサリー

阿寒湖を初めて訪れた1999年から、Agueさんが人生の節目につくっているというクマの手リング。今回はカジュアルに普段づかいしやすいバージョンで登場。

シルバーの輝きの中にアイヌ文様が浮かび上がるアクセサリー。ジュエリー作家のAgueこと下倉洋之さんは、アイヌ文化に魅了されて東京から阿寒湖に通い詰めるうち、不思議な縁が次々と重なって、阿寒湖アイヌコタン出身の女性と結婚。いまは家族とともに阿寒湖温泉に根を下ろし、制作を続けています。

クマの手をかたどったリングは、奇しくも阿寒湖を初めて訪れた1999年につくり始めたもので、少しずつ進化させている思い入れのある作品。

「以前、バイクに乗っていてハンドルに指がかかりリングを飛ばしてしまったことがあって、外れにくいリングができないかと考えて、行き着いたのがこのデザインでした。その後、阿寒湖に行くことになり、機会があるとこの作品と向き合って、何かしら自分の人生が変わるきっかけになっている存在です」

左:銀板を球状に打ち出して、アイヌ文様やフェニカのシンボルマークのツバメを刻印したスズ¥38,500(税込) 中:クマの手リング(18号、20号)¥29,810(税込) 右:あぐらをかくクマを描いたヒグマ模様のペンダント ¥31,130(税込)

「伝統的なアイヌの文様をもとにしたデザインは、妻が考えているものです」というAgueさん。チリンチリンと心地いい音が響く球状の「スズ」は、もともとは娘の「みまもりすず」としてつくったもの。小学校への通学で交通量の多い場所があり、鈴の音で周りに気づいてもらえたら、という思いを込めたそうです。
「アイヌの文様も、自然からインスピレーションを得た形をもとにつくられ、誰かが誰かを想う気持ちを込めて、道具に掘ったり刺繍したりしたものだと思います。僕自身はアイヌではないけれど、僕がこの土地で暮らしながらつくるものが、身につけてくださる誰かのお守りや力になるようなものになったらいいな……。そんなことを思いながら制作しています」

下倉洋之(しもくらひろゆき)/1975年、神奈川県横浜市生まれ。98年、彫金学校卒業後、バイク旅行で訪れた北海道でアイヌ文化に興味を持ち、99年から阿寒湖に通い詰める。2003年、作品を通じて知り合った阿寒湖出身の床 絵美と結婚。
13年から阿寒湖温泉に移住。19年、アトリエを兼ねた「cafe & gallery KARIP」をオープン。



チタラぺの手法でつくられた、現代のくらしに役立つカゴバッグ

ストロー(水草)を素材にしたカゴバッグは北欧やモロッコなどでも見られるが、アイヌの工芸としては初挑戦の作品。ボディの最上部にはシラカバの木の皮を使用。オーダー販売品。M(幅34×奥行き14×高さ23cm)、L(幅40×奥行き17×高さ22cm)、LⅡ(幅40×奥行き17×高さ23cm)の各サイズがある。左:M¥55,000(税込)(右)LⅡ¥60,500(税込)
乾燥させたガマの茎を並べて編んだものをベースに、色布を編み込んで模様をつくる。タテ糸にはシナノキの樹皮からつくった糸を使い、開口部はオヒョウの樹皮の糸で留めている。伝統的なアイヌの配色の青×赤に加えて、今回はフェニカのイメージカラーである青と、ナチュラルの3タイプを制作。

池や沼などに生えるガマの茎を編んでつくるアイヌの花ゴザ「チタラペ」。中でも模様入りのものは「チセノミ」(家の竣工祝い)や「イオマンテ」(クマの霊送り)などに用いられる大切な儀礼具でした。この「チタラペ」の手法を使って、新しいカゴバッグが完成。

「本来、平らな状態に編むものを四角い立体にしていくこと、さらに同じガマの素材で持ち手をつくることも初めての試みでした」と話す製作者の下倉絵美さん。
「サイズの感覚がわからなくて、背負子のような大きいものが出来上がってしまったこともありましたが、何度もサンプルをつくってエリスさんと北村さんに見てもらい、試行錯誤の結果、この形に落ち着きました。大変だったけれど、とても楽しい時間を過ごしていました。インテリアとしても楽しんでいただけたらと思います」

下倉絵美(しもくらえみ)/阿寒湖アイヌコタンに育つ。幼い頃からアイヌ民族の唄や舞踏、伝統楽器に親しみ、手仕事を学ぶ。2003年にジュエリー作家下倉洋之と結婚。歌い手としても活動し、2006年、妹の郷右近富貴子と「Kapiw & Apappo」を結成。アイヌのウポポ(民謡)の魅力を伝えている。

身を守る魔除けの刺繍を、現代的なアイテムで。

Rocky Mountainオホーツクライナー。1940年代の米軍のダッフルバッグ(デッドストック)のストラップを染めたものに刺繍を施し、フロント部分に重ねて付けた。サイズは34(women's)、36、38、40、42(men's)の5種類。¥96,800(税込)
「棘」を意味するアイウㇱの文様。ツンツンとした棘を表す形で病気や外敵から身を守ってくれる。テープをあえて重ねて縫いつけたのも、アットゥシのパターンに習ったデザインだ。

フロント部分にアイヌの刺繍をあしらったライナーコートは、アイヌのアットゥシ(オヒョウの樹皮から作った糸で織り上げた着物)からインスピレーションを得たデザインです。アイヌの文様は魔よけとして用いられることもあり、衣服の裾や袖口、首まわりなどに付けられた刺繍には魔物の侵入を防ぐ意味がありました。

「この文様は“アイウㇱ”で、棘を意味します。病気や外敵から身を守ってくれるという思いが込められています」と話す鰹屋エリカさん。彼女もまた、アイヌの女性として母や祖母から刺繍を受け継ぎ、制作を続けています。
「刺繍の模様は作るものによってさまざま。伝統的な文様をいくつか組み合わせることもあれば、オーダーメイドの場合は発注してくれた人のイメージに合った色や形を考えてみることも。今回は、コートの色やデザイン、刺繍する部分のテープの長さなどに合わせて文様の形やサイズを決めていきました」とエリカさん。

フェニカのイメージカラーのインディゴブルーと藍色の生地に刺繍を施した巾着袋。模様はフクロウ(左)と、花
(右)。各¥9,900(税込) 
色布の生地に直接、刺繍を施す「チンヂㇼ 」の手法。伝統的な刺繍は2色使いが多いが、エリカさんは作品によってポイントで色を加えたりすることもあるという。

今回、エリカさんは刺繍入りの巾着袋も制作しています。「巾着袋は布探しから始まりました」と話す北村さん。「浴衣を着たときに持つ巾着のイメージで、生地はナチュラルな木綿か麻、色はフェニカのカラーであるインディゴブルーと藍色にしました」
アイヌの刺繍の手法は幾つかあり、地域によっても違いがありますが、道東では色のついた生地に直接、刺繍をする「チンジㇼ」が多く採用されていたようです。

「子供の頃から、アイヌの踊りや刺繍はいつも身近にあったものでした。祖母も母もチンジㇼが得意で、儀式やお祭りで着る着物を始め、日頃使うものによく刺繍をしてくれました。私の作品もチンジㇼが中心です。アイヌの伝統だからというより、母から受け継いだものだから私も同じように娘に教えてあげたい。そんな思いで続けています」とエリカさんは言います。

鰹屋エリカ(かつやえりか)/阿寒湖アイヌコタンで育つ。17〜18歳の時に母の手仕事をみて刺繍に興味を持つ。祖母と母から受け継いだものに自分の色を足しながら伝統の技術を引き継いでいる。アイヌ舞踊の伝承者でもあり、小学校で教えたり、イベント出演などの活動も行っている。



オヒョウの樹皮から編んだ、現代版の「サラニプバッグ」

伝統的なサラニプの手法を生かし、底や持ち手をつけるなどデザインを一新させたバッグ。(左)幅30×奥行き22×高さ18cm、持ち手はエムシアツ型。¥36,300(税込)、(右)幅28×奥行き8×高さ24cm、持ち手はチシポ型。¥33,000(税込)
現在、オヒョウの糸は大量に入手するのが困難なため、今回はオーガニックのネパール・ヘンプを使用。オヒョウの糸とほぼ同じようにすべて手作業でつくられた糸だ。

オヒョウの樹皮からつくった糸を編んだ「サラニプ」は、長い紐がついていて、ポシェットのように肩から掛ける袋状のバッグ。樹皮を茹でて乾燥させ、裂いたものを紡いでいくという糸のつくり方は、先述のエムシアツと同じです。制作者の木村多栄子さんが初めてサラニプを編んだのは、高校生の時だったそうです。
「祖母と母から習いました。携帯とお財布とハンカチを入れて、ちょっと遊びに行く時によく使いましたね。畑に祖母が植えたオヒョウの木があって、紡いで糸にする“カエカ”の作業は小学生の時から手伝いでやっていました」
今回の依頼を受けて、改めて昔のサラニプのつくり方を知りたいと思い、旭川市博物館に行って展示品と所蔵品を全て見たという多栄子さん。
「そこで驚いたのは、どれ一つとして同じものがないということ。昔の人たちも、自分が必要としているものを形にしていたんだということがよくわかりました」
こうして出来上がった多栄子さんの新しいサラニプバッグ。持ち手の部分にはチシポやエムシアツの技法が採用されています。

木村多栄子(きむらたえこ)/北海道浦河町で育ち、高校卒後に札幌、兵庫、アメリカなどで生活。帰国後、母の勧めで北海道白老郡にてアイヌ文化の伝承者育成事業1期生となる。現在は旭川チカップニ・アイヌ民族文化保存会の一員として、イベントや学校訪問などでアイヌの歌や踊りを披露している。

──伝統を継承しながら独自の感性を取り入れてつくられたアイヌ クラフツの新作。「約2年にわたるフェニカとのコラボレーションを通して、たくさんの気づきもあった──」。制作を終えたつくり手の皆さんが、口々にそう話していたのが印象的でした。これらの新作は、10月12日(土)から東京・新宿のビームス ジャパンで開催されるアイヌ文化を紹介するイベントに並びます。ぜひ、実物を見に足を運んでください。

アイヌ クラフツ 伝統と革新-阿寒湖から-

新宿「ビームス ジャパン」5Fの「fennica STUDIO」と「Bギャラリー」にて、アイヌ文化を紹介するイベントが行われます。アイヌクラフトの新作展示とともに、アイヌ音楽のライブやトークショーも期間中に予定。

開催期間:会場によって異なります。下記をご参照ください。
fennica STUDIO/2019年10月12日(土)から10月20日(日)まで
Bギャラリー/2019年10月12日(土)から10月27日(日)まで
開催場所:新宿「ビームスジャパン」5F「fennica STUDIO」「Bギャラリー」
新宿区新宿3-32-6 5F
TEL:03-5368-7300
営業時間:11時〜20時
不定休(会期中は無休)

 ①アイヌ音楽・ライブイベント
日時:10月13日(日)18時~18時30分
出演:Kapiw & Apappo(カピウ&アパッポ)
会場:ビームス ジャパン 5F Bギャラリー
予約定員制:先着30名様(無料) 
※ご予約はBギャラリーまで(Tel:03-5368-7309)

②トークイベント
日時:10月20日(日)18時〜19時30分
会場:ビームス ジャパン 5F Bギャラリー
ゲスト:下倉洋之(彫金作家)、瀧口健吾(木工作家)、鰹屋エリカ(刺繍作家)
北村恵子、テリー・エリス(共にfennicaディレクター)
予約定員制:先着30名様(無料) 
※ご予約はBギャラリーまで(Tel:03-5368-7309)