東京・紀尾井町に隣接する特設会場で開催されている「空へ、海へ、彼方へ―旅するルイ・ヴィトン」展。ブランドの原点である「トランク」を中心に、歴史や世界観がたっぷり楽しめるその内容をご紹介します。
暖かくなって、旅に出たくなる。そんな季節がやってきました。
その旅心をさらに盛り上げてくれるのが、6月19日(日)まで紀尾井町に隣接する特設会場で行われている、「 空へ、海へ、彼方へ―旅するルイ・ヴィトン」展です。
この展覧会は、昨年末から今年の2月までパリで行われていた同名の展覧会を、世界に先駆け東京に巡回させたもの。ルイ・ヴィトンの原点である旅のトランクの変遷をたどりながら、ブランドの歴史や世界観を存分に楽しめます。
次ページから、さっそくその展示を見てみましょう。
著名人の間で瞬く間に広まった、ルイ・ヴィトンのトランク。
展示はルイ・ヴィトンが所蔵する膨大なアーカイブを中心に、旅をテーマとする10章で構成されています。最初に紹介されているのは、1906年にルイ・ヴィトンがつくったトランク。蓋が平らで中に仕切りがある、現在の旅行かばんの元になったモデルです。創業者のルイ・ヴィトンがパリに店舗を出したのは、それに先立つ1854年のことでした。彼がデザインした頑丈で軽く、機能的な旅行かばんはウジェニー皇后を始め、著名人の間で瞬く間に評判になるのです。モノグラム・キャンバスが張られ、金属製の錠がつけられたこのトランクは、現代へとつながる象徴的なモチーフが既に見られ、その後のメゾンの成功を予感させるものとなっています。
現在のように一般の人が海外旅行を楽しめるようになったのは20世紀に入ってからのことですが、はるか遠い地への旅は当初、過酷な冒険旅行から始まりました。1920年代、シトロエンの創業者であるアンドレ・シトロエンが結成した冒険旅行に、ルイ・ヴィトンは請われて参加します。アルジェリアやマリ、コンゴなどを旅するためのハーフトラック(前輪がタイヤ、後輪がキャタピラになった車両)に載せるトランクを、ルイ・ヴィトンが製作したのです。過酷な天候、地理条件に耐えうる堅牢なつくりのなかに、探検隊の日常を支えるさまざまな必需品が収められたのです。
一方、富裕層はヨットや豪華客船で優雅な旅行を楽しむようになります。長い旅を船上で過ごす彼らのためにルイ・ヴィトンが製作したのは、旅のあいだに着替えた服を入れておくための、折り畳んでトランクにしまっておける、小ぶりで軽いキャンバス製バッグでした。この「スティーマー・バッグ」は、しまっている時はコンパクトでも、ひとたびトランクから取り出し広げれば、たっぷりとした収納力があります。その画期的な機能やスタイルは、ルイ・ヴィトンのアイコンバッグとして現代のバッグデザインにも大きな影響を与えることとなったのです。客船をイメージした展示はとてもダイナミック! 海からの心地よい風が感じられるようです。
会場は、部屋を進んでいくたびにがらりと装いを変えていきます。時代が新たな乗り物を生み出せば、旅のスタイルも変化していきます。流線形でスピードの出る自動車が開発され、これを駆る旅がブームになった頃には、車の後部にワードローブを入れて備え付けるカートランクが人気になりました。身に纏う衣類だけでなく、道のりを楽しむピクニック用の食器やティーセットを納めるトランクなども求められ、ルイ・ヴィトンはそうしたものを作っていました。またファッショナブルな女性が自分でバッグを持つようになったのもこの頃。会場に並ぶクラシックなハンドバッグは、当時の女性がグローブやストールなどをすぐに取り出せるように収めておくためのもの。いまも持って歩きたくなる上品さがあります。
青空を華麗に翔んだ、軽量のバッグ。
あざやかな青空を背景に複葉機の翼に並べられているのは、飛行船や飛行機での旅のためにつくられた、軽く、必要なものがきっちりと入る鞄です。ほかにも飛行機用のトランクである「マル・アエロ」は、ワードローブ一式を収納した総重量が26kg未満という超軽量の鞄でした。
また、ルイ・ヴィトンは鞄だけでなく、飛行機も発明しています。創業者の孫であるジャン・ヴィトンとピエール・ヴィトンの双子の兄弟は情熱を航空機へ傾けて、ヘリコプターと飛行機の原型となるものを1909年と1910年のパリで行われた国際航空展示会で発表するほどでした。さあいよいよ、空を飛び旅する時代の始まりです。
続いてはオリエント急行をイメージした、圧巻の展示室です。当時盛んになった鉄道による旅向けの鞄とワードローブが並びます。こうした旅で選ばれたのは、寝台車の座席の下に潜り込ませるのにちょうどよいサイズのトランクだったそうです。
面白いのは創業者の孫、ガストン-ルイ・ヴィトンが集めたコレクション。旅先で集めたラベルやパンフレットなどはレトロかつモダンなもの。点数もたくさんありますが、旅情を誘うそのデザインは見ていて飽きることがありません。
その先の展示室には読書家のための本がたっぷり入るトランク、手紙を書くためのデスクになるトランクなど、ちょっと変わったトランクが出現します。まるで書斎や仕事場をそのまま持ち出したかのようなこれらのトランクは、著名な作家はもちろんのこと、読書や執筆をこよなく愛したガストン-ルイ・ヴィトン自身の持ち物でもあったのです。
また、アーティストとの深い関わりを示すものが、フランシス・ピカビアやアンリ・マティスの顧客カードです。ルイ・ヴィトンはアーティストやディーラーが大切な作品を持ち運ぶためのトランクを製作したり、自社のファブリックやパターンをつくるために招いたり、当時から密接な関係を築いていたのです。展示室には現代のアーティストである村上隆やリチャード・プリンス、ダミアン・ハーストらがデザインしたバッグやトランクもあります。
豪華さに目を奪われる、女優たちの特注品。
宮殿の一角を思わせる展示室でさらに圧倒されるのが、グレタ・ガルボ、キャサリーン・ヘップバーンといったスターたちが特別にあつらえたトランクです。女優やミュージシャンの靴を数十足しまえるトランクや、旅先で広げてそのままクローゼットになるワードローブ・トランクには、思わずため息が出そうになります。
装いにまったく手を抜かないその姿勢は、男性においても変わりはありません。たくさんの香水瓶が並ぶダンディな化粧道具ケースからは、粋に着飾る彼らの姿が浮かんできます。こんなものが運び込まれたホテルや楽屋は、さぞ華やかなものだったことでしょう。
パリで開催され、日本に巡回してきたこの展覧会では、日本のために特別なコンテンツが追加されています。茶道具一式を収納するためのトランクには、茶碗を一つひとつ収める仕切りがついています。歌舞伎役者が白塗りのための化粧道具一式などをしまうトランクは、市川海老蔵襲名披露の際、亡き父團十郎がデザインしたものです。また、川久保玲や草間彌生ら、日本が誇るアーティストたちとのコラボレーションによるものも。
ガストン-ルイ・ヴィトンは日本の刀の鍔をコレクションしていたといいます。ルイ・ヴィトンのモノグラム・モチーフが日本の紋章に影響を受けていると言われているのも有名な話です。日本とルイ・ヴィトンの美意識がどのようにして出合い、魅力的な鞄となって結実しているのかがわかります。
10章にわたる展示のあとには、フランスから来日した職人が手仕事の工程を実演するアトリエが設けられています。機械で行うのは難しいデリケートな作業を、淡々とよどみなく進める姿に、熟達した手仕事がルイ・ヴィトンのトランクづくりを支えていることがわかります。
こうしてトランクづくりの原点から現在までをたどる圧巻の展示を見終わると、思わず夏の旅に持って行く鞄を新調したくなってきます。どんな鞄でどこへ行こうか、そんなことを考えてわくわくしてくる展覧会です。展示は6月19日まで。今後は各国への巡回も予定されているという、充実の内容をぜひ、お見逃しなく。(青野尚子)
「空へ、海へ、彼方へ – 旅するルイ・ヴィトン」展
会場:東京都千代田区麹町5丁目
開催期間:2016年4月23日(土)~6月19日(日)
開館時間:10時~20時(入場は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(6/13は13時より開館)
問い合わせ先/ルイ・ヴィトン クライアントサービス TEL 0120-00-1854 www.louisvuitton.com