ヴェルサイユ宮殿で杉本博司展が開幕、多彩な創作が歴史ある地と結びつく。

  • 文:髙田昌枝(パリ支局長)
  • 写真:オリヴィエ・バルディナ
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毎年、国際的なアーティストを招いて行われる、ヴェルサイユ宮殿の現代アート展。11年目を数える今年は杉本博司さんが選ばれ、10月16日から展覧会が始まりました。タイトルは『SUGIMOTO VERSAILLES Surface of Revolution』(スギモト ヴェルサイユ サーフェス・オブ・レボリューション)。この模様をいち早くご紹介します。

プラ・フォン池に浮かぶガラスの茶室『聞鳥庵/モンドリアン』を背に立つ杉本博司さん。

2008年、ジェフ・クーンズを招聘して世間をあっと言わせたヴェルサイユ宮殿の現代アート展。以来毎年、グザヴィエ・ヴェイヤン、村上隆、オラファー・エリアソンといった国際的なアーティストを迎え、話題を呼んできました。

11年目を迎える今年、ヴェルサイユが選んだのは写真、彫刻、建築とさまざまな表現活動を行ってきた杉本博司さん。舞台はヴェルサイユ宮殿の敷地にあり、マリー・アントワネットが愛し、劇場や田舎風離宮をつくらせたトリアノン領有地。トリアノンを会場とするのは初めての試みです。

展覧会のサブタイトルは『Surface of Revolution』(サーフェス・オブ・レボリューション)。これは数学の用語で、直線を軸に曲線を回転して得られる「回転面」のことです。19世紀後半のヨーロッパで回転面を3次元で視覚化する数理模型が石膏でつくられ、マン・レイやヘンリー・ムーアに影響を与えました。杉本さんはコンピューターを用いて数理模型作品を制作。『Surface of Revolution』と題したシリーズを発表し、今回も作品を展示しています。キュレーションを手がけたジャン・ド・ロワジーは「マリー・アントワネットが過ごしたこの地で、フランス革命とその影響を巡る歴史物語、ろう細工の肖像から写真、映画に至るメディアの技術的考察、さらには芸術におけるラディカルな美の変遷についての分析などが、杉本博司という芸術家の力業によって互いに結び付けられています」と語ります。展示作品のすべてがヴェルサイユという場に求心的に結びついているのです。

エリザベス女王やダリなど、肖像写真の連作を展示。

小トリアノンの礼拝堂で見学者を迎える、エリザベス2世とダイアナ妃。蝋人形を撮影したポートレートシリーズより。
ダリもヴェルサイユ宮殿を訪問したひとり。小トリアノンにはフィデル・カストロ、昭和天皇、ヴィクトリア女王からルイ14世まで、この宮殿を訪れた10人の肖像写真が公開されています。

絵画から、あるいは生前の本人から型をとって制作された精巧な蝋人形。杉本さんは蝋人形館でポートレートを撮影する連作を1990年代に発表しました。展示の始まりはエリザベス2世とダイアナ妃の肖像写真。1999年にマダム・タッソー蝋人形館で撮影したものです。今回の展覧会のアイデアは、この肖像写真のシリーズから生まれたと杉本さんは言います。

「20年ほど前のこの仕事と、ヴェルサイユの関係性を見つけたのが、この展示構成の出発点になりました。ロンドンの蝋人形館を手がけたことで有名なタッソー夫人はもともとフランス人で、ヴェルサイユ宮に仕えた蝋人形師。生前のヴォルテールやベンジャミン・フランクリン、ナポレオンの顔の型から蝋人形をつくった人物です。そこで私は、能の舞台で死者の亡霊を呼び出して語らせるように、この小トリアノンにヴェルサイユを訪れた人々の霊を蝋人形として呼び寄せてみることにしました」

普段は一般公開されないフランス館。ここには、ベンジャミン・フランクリン、ナポレオン・ボナパルト、ヴォルテールという、フランス革命の精神によって結びつく3名の肖像写真が展示されています。
ヴェルサイユ宮殿が所蔵していたルイ14世の蝋製のレリーフを、この展覧会を機に撮りおろしました。

人を忠実に模した蝋人形をさらに忠実に写した写真を眺めていると、被写体が生きているのかいないのか、人の姿を写し取ることについての不思議な感覚にとらわれます。なかでもマリー・アントワネットの肖像写真は、1930年代の映画『マリー・アントワネットの生涯』で王妃を演じたノーマ・シラーの蝋人形を撮影したもの。演じる人を写し取った人形をさらに撮影した肖像写真というカラクリ。歴史を生きた人物と、展示された肖像写真の関係性は、複写の連続、永遠に続く合わせ鏡のイメージを連想させます。

庭園の池に、ガラスの茶室が浮かぶ。

ガラスの茶室『聞鳥庵/モンドリアン』は、すっかり風景に溶け込んでいます。この茶室は2014年のヴェネツィア建築ビエンナーレで展示されました。今回の展覧会前に茶室と橋を舞台に、ダンスの上演と茶会が行われました。

大トリアノンに近いプラ・フォン池には、千利休に影響を受け制作したという現代のミニマル茶室『聞鳥庵/モンドリアン』が展示されています。絵画、ダンス、彫刻、音楽、建築まで、アートのすべてを包み込む総合芸術である茶道。茶室という空間は、建築物としての存在を超え、ひとつの世界を表現しているのです。

桃山時代、華美な広間で行われていた茶会を、ミニマル空間での茶事に変えた千利休の美意識。宮廷生活に飽き、トリアノン領有地に田舎家を建て、質素な暮らしを楽しんだマリー・アントワネット。杉本さんはふたりの感性に共通項を見出しました。「マリー・アントワネットと千利休の魂が呼応する、その響きが聞こえるような気がする」と言葉を寄せています。

一方、庭園内の小さな建物、ベルヴェデール亭に設置されたのは大型の彫刻作品。今回の展覧会のサブタイトルにもなった『Surface of Revolution』(サーフェス・オブ・レボリューション)です。関数を3次元の形にした連作で、アルミの無垢材を最新技術で削り上げて制作されました。数学で回転を意味するレボリューション、そしてフランス革命という歴史上の大転換。展覧会は、杉本さん自身が長年追求し、制作してきたさまざまなテーマを見せながら、ヴェルサイユという地の歴史に眼差しを向けた構成です。

彫刻作品『Surface of Revolution』。1778年に建てられた八角形の建物に幾何学的なモザイク模様の床。背景の壁面に描かれたモチーフには、双曲線関数から生まれた数理模型に共通する形もあり、興味深く感じられます。
日本の江之浦測候所の光学硝子舞台で撮影されたオレリー・デュポンのダンス。大トリアノンの一室で、伊藤郁女さんのダンス映像と交互に上映されています。

展示の最後を飾るのは、最新のふたつの映像作品です。ひとつめは、日本の江之浦測候所で上演されたオレリー・デュポンのダンス。もうひとつは、茶室『聞鳥庵/モンドリアン』と岸を結ぶ橋の上で、この展覧会の開幕直前に上演された伊藤郁女さんのダンス。ふたつの映像作品が、大トリアノンで交互に上映されています。

杉本さんの建築を舞台に、フランスで踊った日本のダンサーと、日本で踊ったフランスのダンサーが競演します。3次元の空間に時間の流れを加えたふたつの映像作品には、交錯し、共鳴し合う日仏のアートが映し出されているのです。

肖像写真、彫刻、ガラスの茶室、そしてビデオ作品……。異なる形式の作品がトリアノン領有地と結びつき、まるで展覧会そのものがひとつの作品のようでもあります。杉本博司という美術家を知る好機です。

『SUGIMOTO VERSAILLES Surface of Revolution』

開催期間:2018年10月16日(火)〜2019年2月17日(日)
開催場所:Le Petit Trianon ,Château de Versailles
TEL :01‐30-83-78-00
開館時間:12時〜17時30分 ※入場は閉園30分前まで
休館日:月、2018/12/25、 2019/1/1
入場料:一般12ユーロ
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