空間、動き、音。3つの視点で切り取った、第7回KYOTOGRAPHIEレポート

  • 写真・文:中島良平
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京都の春の恒例イベントとなった『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2019』。歴史的な名所から祇園の現代的な複合ビルまでが会場となり、4月13日から5月12日まで充実のラインアップで開催されました。

建仁寺の塔頭(たっちゅう:境内の小院)である両足院も会場の一つ。中では、バウハウス100周年記念展として、ドイツ前衛運動を代表する写真家のひとりであるアルフレート・エールハルトの、日本初となる展覧会が開催されました(展示風景は次ページにて)。

「年々成長してきたKYOTOGRAPHIEが、今年でラッキーナンバーである7回目を迎えました」

共同ディレクターを務めるルシール・レイボーズさんと中西祐介さんは、京都・両足院の展示脇で話してくれました。

「『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2019』のテーマはVIBE(振動)です。目に見えないもので私たちはつながっていて、その振動によって生まれるなにかは、よいものにも悪いものにもなり得てしまいます。KYOTPGRAPHIEに展示される作品から、多様な振動を感じ取っていただきたいと思ったんです」

さまざまな出来事や人と出会った時に湧き上がってくる喜び、葛藤や絶望ですらも、私たちを新たな世界に導いてくれる振動といえるでしょう。それを作品から感じ取り、見た人々の間に共振が生まれることを企図し、企画が進められました。

20世紀前半の写真家から映像や音を駆使した気鋭の現代作家まで、京都に集結した作品の数々を「空間」「音」「動き」という3つの視点からレポートします。


KYOTOGRAPHIE共同創設者兼共同ディレクターのルシール・レイボーズさん(右)と仲西祐介さん(左)。「会期中以外にも町で“KYOTOGRAPHIEさん”と呼ばれる機会が増えました」と、仲西さんはイベントが定着してきたことについて笑顔を見せます。

京都ならではの「空間」と、作品が呼応する。

両足院で開催された、アルフレート・エールハールト『自然の形態美—バウハウス100周年記念展』の展示風景。京都の畳職人が仕上げた黒い畳を敷き詰めた大書院の床には「Das Watt(干潟)」と題されるシリーズが並び、静謐なリズムを生み出しています。

京都文化にゆかりのある寺社などを会場に、サイト・スペシフィックな展示が行われることがKYOTOGRAPHIEの大きな特徴です。それも、ただ観光名所に写真を並べたような展示ではなく、その空間だからこそ可能な展示を行うことで魅力が生まれているのです。

四条通りから祇園の歌舞練場を過ぎたあたりに位置する建仁寺。その大きな禅寺の中に位置する両足院では、池泉回遊式庭園に面する大書院と2棟の茶室を会場にアルフレート・エールハルトの作品が展示されました。1933年から36年にかけて、干潟のゴツゴツとした地面や地層を撮影したエールハルト。そこからの展開として、珊瑚や貝殻など海岸で見つけた生物も被写体に撮影を続けました。渦などの反復的な形状に、作曲家でもあったエールハルトは一定のリズム感を見出していたのではないでしょうか。

エールハルトが貝殻を撮影したモノクロの写真には、コントラストが強調されたことで自然造形の奥行きへと引き込むような効果が生まれています。

1928年から29年にかけてドイツ・デッサウのバウハウスで学んだエールハルトは、ミニマリズムにデザインの可能性を見出し、グラフィックの感性を養いました。「自然界の形の豊かさは混沌からではなく、無駄がすべて削ぎ落とされた設計(デザイン)の証拠であること」(KYOTOGRAPHIE図録より)を実証しようと腐心し続けたと言われており、両足院での展示では、京都で最も古い禅寺の無駄のない建築と、豊かな自然観を体感できる池泉回遊式庭園の設計がエールハルトの作風とシンクロしています。

科学的探究心が膨らんだエールハルトは、やがて顕微鏡撮影にも着手しました。大書院から庭園を少し歩いたところにある茶室には、雪の結晶を撮影した作品が展示されました。
別の茶室の丸窓から内部を覗き見ると、床の間には『Frost(霜柱)』と題する作品が掛け軸となって展示されています。エールハルトの作品を用いたもてなし。両足院ならではの演出です。

二条城の台所で調理された料理を盛り付け、配膳の用意が行われた「二の丸御殿御清所(おきよどころ)」で開催された展示は、パリとチュニジアのチュニスを拠点に制作するイズマイル・バリーの『クスノキ』。メディアの境界を超えて視覚的な実験を続けるバリーの目線は、建物そのものではなく、「建てられたものに含まれる空間、そこに生じるさまざまの形態の空間か、空間を貫くエネルギー」に向けられました。「二の丸御殿御清所」の真っ暗な空間に足を踏み入れ、少し目が慣れてくると、壁の隙間から漏れてくる光がバリーの作品と相まって目に入ってきます。そう、この暗い部屋そのものをカメラに見立て、そこに入り込む光を受けて浮かび上がる世界を作品にしたのです。

壁の隙間から差し込む光をカバーし、インスタレーションの一部としたイズマイル・バリーの表現。職人の手仕事を撮影した映像(右)の光の移ろいも、展示空間と一致します。
出品作家のイズマイル・バリー(右)と、展示を企画したキュレーターのムーナ・メタアール。

長きにわたってアートと広告の垣根を超えて活躍を続けたアルバート・ワトソンや、さまざまなアーカイブ資料やファウンド・フォトを活用して新たな世界を立ち上がらせるポーランド出身のヴェロニカ・ゲンシツカもまた、展示会場の建物と作品が、面白いまでに影響し合う関係を実現しました。

アフリカの部族やネイティブ・アメリカンなど、各地の部族のポートレートも多く撮影したアルバート・ワトソン。ビビッドな色彩もモノクロも、強さをもった作品の数々が展示されました。
アルバート・ワトソン『坂本龍一』1989年 ニューヨーク KYOTOGRAPHIE全体のメインビジュアルのひとつに選ばれたポートレートです。
かつて「客溜まり」として待合室と接客カウンターのあったスペースで、カウンターに寄りかかるアルバート・ワトソン。「身につけているものは靴下以外、すべてヨウジヤマモトのものだよ」と説明。靴下はコム デ ギャルソンだそう。

アルバート・ワトソン『Wild』展の会場となったのは、京都府立京都文化博物館 別館。日本銀行の京都出張所が入居する建物として1906年に竣工し、京都支店の移転から3年後の1968年に博物館となった重厚な重要文化財建築が、ワトソン作品のダイナミックな美しさと呼応しました。一方のゲンシツカの展示会場は、江戸期創業で名酒「嶋臺(しまだい)」を扱った酒問屋のかつての建物。1883年竣工の町家建築を利用した「しまだいギャラリー」です。1950〜60年代のアメリカの日常をあえて京都色の濃いギャラリー空間に持ち込むことで、ファウンド・フォトで創出した世界の不思議な違和感を強調します。

ベロニカ・ゲンシツカ『What a Wonderful World』展が開催された「しまだいギャラリー」。京町家の入口にかかる「KYOTOGRAPHIE」の暖簾の文字と建物のコントラストは、京都ならではのイベントの個性を象徴します。
アメリカの50〜60年代のインテリアのイメージを断片的にコラージュし、町家の障子窓と奇妙なマッチングを見せたベロニカ・ゲンシツカの展示空間。いびつに変容した写真が明るい家族写真のように展示され、アメリカが混迷を極める60年代にルイ・アームストロングが歌った『What a Wonderful World』を引用した展示タイトルの皮肉を浮かび上がらせます。
『What a Wonderful World』展では、50〜60年代の匿名アメリカ人家族が暮らすリビングルームも再現。ブラウン管テレビで放送される映像や壁にかけられた家族写真が、不吉な幻想を想起させます。

「動き」を捉え、「動き」によって表現された写真。

顧剣亨(コ・ケンリョウ)『15792 sampling』 壁に埋め尽くされた写真をゆっくり移動しながら鑑賞すると、脳内で自動的に映像に変換されるような感覚を味わえます。

京都出身で京都を拠点に活動する顧剣亨(コ・ケンリョウ)は、昨年「KG+ Award 2018」グランプリを受賞したことを受けて、今回の展示の機会を得ました。自分の背中にカメラを装着し、京都の街を歩きながら10秒間隔で自動撮影を実施。「自分が意図した風景、自分が見た風景を撮りたくない」という思いから、その方法を思いつきました。展示タイトルは『15972 sampling』。昼夜を問わず歩き続け、15972枚もの写真を撮ったのです。

京都という都市を写真で表現するために、京都のステレオタイプなイメージとどう向き合うか考えたアーティストは、歩き続けるという身体行為のもと、目を使わない一定リズムの自動撮影によってイメージの集積を試みました。そこには動きが浮かび上がるのと同時に、京都に流れる時間も刻まれています。展示室の壁が隙間なく写真で埋め尽くされ、撮影者である顧剣亨の動き、京都という街との関わりが可視化されているのです。

アーティストの顧剣亨(左)と、パリのフランス国立造形芸術センター写真コレクションの責任者を務める担当キュレーターのパスカル・ボース(右)。

2018年、ブラジル人アーティストのヴィック・ムニーズはフランス・シャンパーニュ地方のシャンパン・ワイナリー、メゾン・ルイナールが所有するブドウ畑を訪れました。身の回りの素材を組み合わせてイメージを描き出し、写真に収めることで1枚の絵を完成させるムニーズは、ルイナールの最高醸造責任者であるフレデリック・パナイオティスの案内でブドウ畑に題材を求めました。

「ブドウの木や葉、根の形に惹かれ、そこから自然の表現を感じた。醸造責任者のフレデリックは、なぜ枝がそのように伸びるのか、根がどちらに向かうのか、その形には必ず理由があることを教えてくれた。植物の動きを形から読み取り、そしてフレデリックとブドウの木との、つまりは人と自然との深い関係を感じることができた。意義深いコラボレーションだったよ」

ヴィック・ムニーズは最高醸造責任者パナイオティスの手がブドウの根を掴むイメージを『Flow Hands』(左)に収めるなど、人と自然との関係性をブドウ畑の素材から表現しました。
黒く染めた木や木炭、落ち葉を集め、大きなシャルドネの葉を描きあげる様子をタイムラプスで撮影。ドローイングという行為と写真の関係への言及を試みました。
「パナイオティスをはじめとするルイナールのメンバーとのコラボレーションは、彼らのブドウづくりの知識を通じて、自然と関わりを持つ素晴らしい機会となった。完成した作品のみならず、制作過程も共有できたことが嬉しいです」とムニーズ。

ダンサー・振付家として20年にわたって活動し、そのかたわらでダンサーたちの動きを記録するために写真撮影も行ってきたベンジャミン・ミルピエ。その写真作品には、ダンサーの動きのダイナミズムが捉えられています。

「ダンスの振付は時間と空間を探求する知的行為であり、踊る喜びは、体を動かすことで自由を探求すること。そしてダンスとは、自由を表現するための最高の手段だ」と語るミルビエ。ダンサーとして16年在籍したニューヨーク・シティ・バレエ団ではチーフダンサーも務め、退団後には2011年にダンサーとしての活動を終えてロサンゼルスでダンスカンパニー『L.A. Dance Project』を立ち上げました。ダンサーが所属するダンスカンパニーであり、他分野とダンスのコラボレーションを行うプラットフォームとしても機能します。写真家で映画監督でもあるミルピエは、所属ダンサーを被写体に写真を撮影し、映像インスタレーションも手がけました。

自由に踊ることで身体が解放され、純粋なフォルムの追求がなされると考えるミルピエは、その解放と転換の瞬間を写真に収めようと、スタジオでシャッターを切り続けました。
映像の中の「動き」が、一瞬を切り取ったスチール写真に収められた「動き」を強調します。
ロサンゼルスのストリートで無作為に撮影した作品を背景に話すベンジャミン・ミルピエ。街ゆく人々の「無表情なシルエットのボディー」を、ダンサーたちの身体と対比させようと試みました。

「音」が写真に生み出す効果。

金氏徹平『S.F. (Splash Factory)』 会場となったのは京都新聞ビル地下1階、かつての印刷工場跡。気鋭のアーティストが、音響デザイナー、照明デザイナーとコラボレートしてかつての印刷工場を蘇らせました。

3つ目のテーマは「音」。特徴的な音づくりで展示を演出していた、2名の日本人アーティストを紹介します。1人目はコラージュの手法を大胆に立体展開した彫刻やインスタレーションなど、さまざまなジャンルでエネルギッシュに制作を続ける金氏徹平。京都新聞ビルの地下にある印刷工場跡を会場に、写真、映像、音が関係し合うインスタレーションを実現しました。金氏は次のように説明します。

「かつて使用されていた旧印刷工場と、新しく建てられて現在稼働している新工場を取材したのですが、まず目についたのが、旧工場の壁に飛び散ったインクのシミ。印刷の工程で新聞の紙面からこぼれ落ちた情報が、長い時間をかけて積み重なり形となったものに見えたのです。興味深かったのが、もう稼働していない旧工場からは、そのようなシミも含めて人の気配を強烈に感じたのですが、新工場ではロボットが多く働いていて、人の気配をほとんど感じられなかったことです」

展示を背に制作コンセプトの説明をするアーティストの金氏徹平。
現在稼働中の京都新聞印刷工場で撮影した写真と、旧印刷工場の壁に見つけたインクのシミを組み合わせた平面作品。

インクのシミがついた壁を撮影してシミの部分を切り抜き、新工場の写真に合成した作品。シミの形を立体化したオブジェクトや、新工場で撮影した映像などが薄暗い地下空間に展開されました。そして会場全体を覆うのが、新工場でフィールドレコーディングされた環境音。映像に収められた無機質な新工場の風景が、人の気配が強烈に残る旧工場の空間に流れ、会場を回遊するとインクのシミがモチーフの平面や立体作品が展示されており、実際に新聞が印刷される音響によって雑然とした展示を貫くダイナミズムのようなものが生まれているのです。

「人の気配が強烈に残る旧工場と、ロボットばかりで人の気配を感じられない新工場というギャップを、例えば過去と現在であったり、現実とフィクションであったり、対比する要素をインスタレーションに含ませることで表現しようとしました。最初に誰もいないこの旧工場を視察して、そこに想像を膨らませることで全体のイメージを考えたのです」

旧工場の壁のインクのシミをスキャンし、立体化した作品がポップな風合いを帯びます。
工場奥の空間は舞台のように設えられ、前後に移動する立体と映像を組み合わせたスペクタクルが展開しました。

もうひとりは、原摩利彦。NODA MAPの舞台『足跡姫』のサウンドデザインや、振付家ダミアン・ジャレのパフォーマンスで音楽を手がけるほか、自身のソロアルバム『Landscape in Portrait』(2017)などの作品も高い評価を受けている作曲家・音楽家です。「バング&オルフセン」のポップアップストアを会場に、古典英語で「窓」を意味する『Wind Eye 1968』と題する展示を行った原は、「祖母へのオマージュやノスタルジーがテーマではないですよ」と前置きした上で、作品について説明します。

「1968年に祖母は、医師である祖父のヨーロッパへの視察旅行について行きました。祖母にとって最初で最後の海外旅行です。子どもの頃によく祖母は、その旅行で撮った写真をリビングの壁にプロジェクターで投影して見せてくれました。その写真が私には窓のように感じられました。窓から世界を眺めているような、そんな気分になったことをよく覚えています。今回の展示では、祖母が撮影した写真から80枚を選んでスライドショーを、やはり私が海外でフィールドレコーディングした音を用いて作った曲と組み合わせて上映しています。心がけたこととしては、スライドショーのBGMになるような音楽ではなく、写真というビジュアルをひとつのきっかけとして、音楽が主役になるようなイメージで制作したことです」

音楽家として世界的に注目度の高まる原摩利彦は、画面の右端と左端に写るバング&オルフセンの円錐形スピーカー「Beosound 2」の京都限定モデルを用いてインスタレーションを制作しました。

1968年に撮影された世界とその色。この数年で録音された音を用いて、ピアノなどのフレーズも加えながら今回の展示に合わせて作曲した音の色。それぞれの色がどちらかに従属するのではありません。街で拾った歌声や鐘の音などの隙間を埋めるようにピアノのフレーズを滑り込ませるなど、音とビジュアルを引き立て合う展示が実現しました。サウンドインスタレーションの一部に1968年の風景が入り込んだような、スクリーンを見つめながら気が付くと脳が音を追いかけているような、そんな体験が生まれました。

写真:原悦子(1912-2005)©︎2019 Marihiko Hara
スライドショーに用いられた写真。原さんは子どもの頃に祖母が撮影した写真を見て、特に色に惹かれたといいます。「海外の色が写真に写っていると感じたからです」

第7回を終えたKYOTOGRAPHIE。若手から大御所まで、海外の作家がやってきて展示を行うと同時に、今回の記事で紹介した顧剣亨や原摩利彦のように、京都出身のラディカルな表現者たちが世界に向けて発信を行う場となっています。数々の展示からは、そうしたイベントとしての確実な進化が感じられました。

KYOTOGRAPHIE2019 京都国際写真祭2019
開催期間:2019年4月13日(土)〜5月12日(日)
開催場所:京都市内各所
https://www.kyotographie.jp