「宇ち多゛語」をマスターして、呑んベえの聖地立石へ ~基礎編~
日本人の英語がもう1つ上手くならないのは、英語力の欠如ではなく、完璧に話そうと意気込むからだと思う。
「立石行ってみたいんですけど、まず1軒目の宇ち多゛さんの頼み方が分からなくって」、最近よく、そんな相談を持ちかけられる。
その度に「お任せで4本くらい、タレでお願いします」、そんな風に頼めばいいのにと思う。塩がよければ塩、タレ好きならタレ。もし好みの串があれば、「レバーを混ぜて何本」とか言えばいいだろう。
初めから通ぶった注文をする客より、むしろその方が常連たちにも温かく迎えられるはずだ。
でも、確かに競りの符丁みたいな注文を覚えることも、店ごとのマナーに身を任せることも、古典酒場に通う楽しみの1つではある。チェーン店や街場の居酒屋には決してない、ピンと張り詰めた空気感に身を置くことの幸せは、歴史に選ばれた酒場でしか感じることのできない呑んベえに生まれた者の至福だ。
本来ホスピタリティというのは、「お・も・て・な・し」みたいに、間にナカグロなんて打てないものだ。毎日、行列を作るファンたちのために、いかに早く料理をサーブして、少しでも早く順番を回してあげられるか…。75年間、そのことだけに特化して来た鉄壁のチームワークと、隙のない、きびきびとした究極のホスピタリティ。その空間の一員になるために、数回に分けて「宇ち多゛語」の基礎と応用について書いていこう。
まずは、飲食以前に守らなければならないルールについておさらいしよう。最も大切なことはシラフ、つまりノンアルコールの状態で入店すること。ココのメインドリンクは、一升瓶から注がれる宝焼酎の梅割、つまりは甲類焼酎のストレートだ。どんな猛者でも、数杯飲めば五臓六腑にアルコールが充満する。だから、必ず1軒目に訪れること。
少しでも顔が紅ければ、入店は禁止される。呂律がまわってないなんぞは、言語道断だ。そして、入店時には必ずカバンは肩から外して、前に持たなければならない。巧みに配置された座席の挟間に伸びる通路では、自分の視界の前がすべてだ。横にかけていれば、他の客にぶつかったり、食器転倒の惨事を巻き起こしかねない。
着席したら、アニキ(orアンチャン)こと三代目の朋一郎氏か、店奥側を仕切っているソウさんから飲み物の注文を聞かれるのを待つ。煮込みの鍋を囲む席では、マスターこと二代目から聞かれることもあるかもしれない。
何れにしても、自分から意気盛んに「ビール大瓶!」なんて叫ばないことだ。
「梅でいいの?」、通常はそう聞かれるはずだ。ココでは、ほとんどの客が「梅割」を頼む。何杯目かに味の趣を変えたければ、「葡萄で」と注文すればいい。
もちろん、梅2つ分のビール小瓶や、梅3つ分の大瓶もある。しかし、ココでビールを頼む人はとても少ない。ビールやワイン、ウイスキーなどの高嶺の花より、安く酔えるからこそ、甲類焼酎は下町の華になったのだから…。そんな歴史の背景に、思いを巡らせることも聖地巡礼の楽しみの1つだ。
普通の呑んベえなら、梅2つか3つでご機嫌になる。もう1杯飲み切る自信がなければ「半分」というオーダーも可。しかし、半分は最後の1杯という合図だから、半分の2度目は存在しない。もしアルコールがダメだったら、ウーロン茶かサイダーを頼もう。この2本は、強い「梅」のチェイサーとしても活躍する。その際には、コップは断ってクラブ飲みしよう。カウンターの上は、少しでもシンプルにしておきたい。
さて、次回からは、生、焼き物、煮込み、サイドメニューと、実践編を少しずつ紹介しよう。まあ、ゆっくりのんびりと行こう。肩肘張って飲むなんて、呑んベえがやることじゃないから…。