自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

本来、レストランという言葉は、気力、体力を回復させるという意味のフランス語の動詞restaurer の分詞的形容詞だ。


レストラン、まるで日本語のように、ふだん何気なく使っている言葉の意味について、こんなに何度も考えた季節は生まれて初めてかもしれない。


「三月倒れ(みつきだおれ)」と呼ばれる祭り好きの街で育った僕にとって、食事とは日常のものではなく、「ハレ」の行事だった。神無月の最後に(現在は霜月の頭)、いつもの3ヶ月分の食費を散財してご馳走を振舞う。


振舞う相手は不特定多数、「(唐津)くんち」の最中は無礼講だから、どこの家に上がって飲み食いしても許されるからだ。特に商家は、来てくれた客の数が多い程、翌年の商売が繁盛すると信じられているから、とにかく膨大な量のご馳走を用意する。


客が使った割り箸の片方を残し、3日間の祭りが終わった後、来客者の数を数えて競い合う。尾頭付きの魚も、睨み鯛では小さ過ぎると言うので、巨大なアラ(東京ではクエ)を五島(列島)沖から取り寄せる。ふだんは旅館の二代目が、わざわざアラを求めて、長崎県まで買い出しに走る。


しかし、そんな巨大な魚を尾頭付きのまま煮る鍋など存在する訳がない。まずは裏庭や空き地でトタンを組み、ブロックで強化して、即席の鍋を作り、九州の甘い醤油で煮付けていく。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

ご馳走とは本来、客の食事を用意するために馬を走らせ、食材を集めたことに由来している。ウイルスの季節に話したレストランのシェフたちは、いつも自分たちの料理を支えてくれる食材の行くえについて頭を抱えていた。


自由が丘の隠れ家レストランとして著名な「mondo」がテイクアウトを始めたのも、生産者たちへの発注を止めたくないという想いからだった。いつも最上級の食材たちを届けてくれる生産者たちが行き場を失っている。


福田農園の王様しいたけ、北海道ジェットファームのグリーンアスパラガスや、お日さま農園の野菜。天城軍鶏や、ふくどめ小牧場の幸福豚、さらには瀬戸内コラトゥーラなどの調味料、造り手たちの努力の結晶である自然派ワイン…。

造り手たちの想いが詰まった最上の食材やワインほど、ウイルスの季節に立ち往生しがちだった。人が家に篭り、自粛しているさなかも、緑は芽吹き、花が咲き、鶏や豚、牛たちは健やかに成長を続ける。


考え抜いた末、イートインをやめた「mondo」の宮木シェフは、いつもレストランで振る舞っていた素材を家庭でも再現可能な形でテイクアウトに仕上げた。丁寧な手書きの説明書通りに作れば、レストラン仕込みの味を家庭で味わえる。


できるだけたくさんの人に楽しんでもらうために、これまでは存在しなかった看板さえ手作りした。手描きの看板は、それまで敷居が高いと思われがちだった若い層や近隣の住民も惹きつけた。


料理で人を喜ばせることを天職とするシェフの挑戦は、多くの人に料理の楽しさを伝えたに違いない。人気テイクアウトメニューの1つに「TKP」がある。


TKGならぬTKPは、いわば卵かけパスタ。フランス産の発酵バターと、温泉卵、瀬戸内コラトゥーラ(イタリアの魚醤)がセットされている。


レシピ通りに100gのパスタを茹で、温玉をのせ、コラトゥーラをかけると出来上がり。

他にも、6種もの肉を使ったミートソースや、王様しいたけを使ったクリームソースなど、様々なパスタソースが用意されていた。


しかし、当然のことながらレストランの本道はテイクアウトではない。


6月1日、宮木シェフが待ち望んだ通常営業が始まった。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

再開初日のランチに、僕はmondoのテーブルにいた。巨大なタンノイのスピーカー「エジンバラ」から流れるのは、イギリスのロックバンド、フェイセズの「Stay With Me」。

ロン・ウッドのギターのリフとロッド(スチュアート)の若い声に思わずニヤついていると、すかさず田村(理宏)ソムリエに突っ込まれる。


「ちゃんと、昨日SNSで音楽の好みを学習しときましたから、ね」。


レストランが始まった、それは自粛の日々に待ち焦がれていた幸福のページだった。その後も次から次へと流れ出したロックのクラシックは、バンドの練習に明け暮れた少年時代の記憶を呼び起こし、宮木シェフの鮮烈なひと皿で我に帰る。


なんだかいつもモヤモヤしながら、静かに暮らし続けた日々の中で積もっていた塵のようなものが、一気に身体と心から剥がれていくような多幸感。

人の想いが詰まった食材を、シェフが気持ちを込めて調理し、造り手の情熱の結晶である自然派ワインをソムリエが注ぐ。


それはレストランという空間でしか出逢えない、特別な時間の流れだった。


そこに運ばれる宮木シェフの皿は、ジェットファームのアスパラガスや、天城軍鶏、ふくどめ小牧場の幸福豚など、ウイルスの日々の中に話をした特別な食材ばかりだ。その素晴らしい味わいを、最大限に活かすシンプルな味わいに思わせながら、実は緻密に計算された旨味が重層的に舌の上でダンスを始める。


合わせられるワインも、人気の造り手たちのスタンプラリーになりがちな世のペアリングと一線を画す、いわばシェフとのジャムセッションだ。


お互いと対峙したり、引き立て合うのではなく、完璧に料理とワイン、シェフとソムリエが1つの楽曲を奏でている。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

その時々に使った野菜で仕立てられた小さなスープとオリーブをイントロダクションに、天城軍鶏とアスパラソバージュのインサラータ。ヨーロッパの山菜と、大自然に育てられた軍鶏のコラボに、田村ソムリエが合わせるのはトスカーナの「ラ・トッレ・アッレ・トルフェ」。


2016年に惜しまれつつ閉業したワイナリー、「ラ・ポルタ・ディ・ヴェルティーネ」のジャコモ(マストレッタ)の復活劇を告げる鮮烈なロザートだ。自然という縦糸で繋がれたインサラータを、酸味と垂直性に満ちたジャコモのワインが1つの絵に紡いでいく。


糠漬けのガスパチョと青パパイヤを纏った鮎のクロカンテは、日本の発酵と鮎の心地いい苦味の競演に、「ラウラ・アスケロ」のミネラル感溢れるロッセーゼが豊穣な奥行きを与えて、一気に頭から食べてしまった。


続く子持ちヒイカのタリオーニには、爽やかなのに旨味が炸裂する「カンリーベロ」のロザート。エチケットに書かれた「ピンク・フロイド」の文字が、このペアリングの総仕上げだ。ロック好きの、ロック好きのためのお茶目で洒脱なワイン・チョイスに脱帽するしかない。


北海道の自然の恵みの象徴、ジェットファームのアスパラガスには、フリウリ、カルソ地域の土地本来の酸とミネラルを包み込んだテッラーノ。函館と内陸の街サレス、長谷川(博紀)さんと(マテイ)スケルリ、才能に富んだ生産者たちを、シェフとソムリエの技が繋ぐ。


そして、滋味溢れる幸福豚には、フルボディでタンニンもしっかりした「アルシュラ」のモンテプルチアーノ。添えられた野菜の味の濃さにも驚く。その辺りで、突然ロックが鳴り止み、シェフのiTunesからの「Happy Birthday♫」、2日後の誕生日へのサプライズだ。


運ばれた桜桃のクレスペッレの皿には、お祝いの文字がショコラで描かれている。思わず、泣きそうな程、心が熱くなっていた。


レストランが始まったんだなぁ、心の底からそう思った。やはり、僕らの人生にはレストランや酒場が必要不可欠だ。誰と食べるか、誰が注ぐか、誰が造るか、そのことの意味が、何度も頭の中に押し寄せて来た。

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

「もしきみが幸運にも青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過そうともパリはきみについてまわる。なぜならパリは移動祝祭日だからだ」


程よいワインの酔いに包まれながら、僕はぼんやりとヘミングウェイの『移動祝祭日』の書き出しを思い出していた。


レストランもまた、移動祝祭日なのかもしれない。


自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。
自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。

mondo
東京都目黒区自由が丘3-13-11
TEL:03-3725-6292
http://ristorante-mondo.com

自由が丘の隠れ家イタリアン「モンド」の営業再開が教えてくれたこと。