禁酒令下のアヒルストアを、ノンアルで楽しむ!
15時の開店と同時に、2人連れの女子がアヒルストアの店内を覗く。
「レモンチーズクリームケーキと、サイウア、テイクアウトでお願いします」
「じゃ、用意しますので15分位して来てください」、妹の(齊藤)和歌子さんがカウンターの中から応える。店内では、開店前から並んでいた客たちが席に案内される。緊急事態宣言前と変わらない、いつも通りのアヒルストアの1日が始まる。
違うことは、閉店時間が午後9時から8時になったこと、アルコールが提供されなくなったこと、それくらいだ。テイクアウト女子たちは、近くのカフェや雑貨屋を回って、ここに来たのだろうか。今では奥渋と呼ばれ、すっかり人気スポットになったこの辺り。すべては、2008年、アヒルストアの開店から始まった。
アヒル兄こと輝彦さんの料理とワイン、和歌子さんが焼くパン。「ストア」と名付けたのは、1日中開いていて、いつでも誰でも、1人でも気軽に寄れる。飲んで、つまんで、おしゃべりしてもいいし、何か買って帰ってもいい。そんな、街のよろず屋さんみたいな店にしたかったからだ。
だから、今の店の状態を決して悲観的には見ていない。
「ずっとテイクアウトを続けていて、最近ようやくストアらしくなってきた。やっと、当初のコンセプトが表面化して来たって思うんです」
もちろん、何度か店を休もうかと思ったこともあった。従来、アヒルストアは日本の店には珍しく、まとまった休暇を取る店だった。休暇はもっぱら旅にあてられ、帰ってくる度にアヒルストアには異国のメニューが加わった。タイ・チェンマイのソーセージ、スリランカの豆カレー、中東のフムス、メキシコのチキンタコス。客たちも、旅の成果を楽しみに入れ替わり立ち替わりやって来る。
テルくんとワカコさんのアヒル兄妹は、旅路の果てにアップデートし、いつも東京の今を代表していた。しかし、コロナ禍の中、旅の足も禁じられた。そんな時、アヒルストアは営業時間を昼方向にシフトし、初めて夏休みを取らず営業した。
昔より、気軽にテイクアウトしていく新しい客たちも増えた。夜、色んなワインを楽しむ客たちばかりでなく、昼間サッと来て、ウフマヨとアボカド(とタコのサラダ)をSNSにアップして帰るコ。午前中に仕込みをすませ、昼酒を軽く嗜んだ後、店に戻って開店する人気中華店の店主…。店はようやく、街のストアっぽくなった。そこに、新たな緊急事態宣言、今度は前代未聞の禁酒令がくっ付いていた。
「しょうがないんで、楽しんでください」、それがテルくんの答えだった。せっかくストアっぽくなったのだから、なんとしても開けておいた方がいいと思った。とにかくは何日かやってみて誰も来なかったら、その時に考えよう。でも、お客さんたちは、意外にもたくさん来てくれた。
「客が酒場に求めてるものって、酒じゃなかった。酒は第一のファクターじゃなかったんだ」、そう考えた時思い出したのは尊敬してやまない立石の宇ち多゛や、武蔵小山の牛太郎だった。名だたる古典酒場に通う常連たちは、単に酒を、単にモツを求めて日参している訳ではない。
それに今まで、「お酒が飲めないから行きづらい」と思っていた人たちも来てくれるかもしれない。もちろん、そこはアヒルストア。ただのノンアルアヒルではない。
ノンアルコールビールを注文すると、パッションフルーツとザクロの100%ジュースが添えられる。テルくんが試しに、パッションフルーツを注いでくれた。
「なんだかオーヴェルニュのガメイのペティアンみたいになるでしょ(笑)、実は休みの日に家でよく飲んでたんです」
確かに、パッションフルーツを注ぐと白、ザクロを注ぐと赤のワインに見える。アヒルストアのカウンターのマジックだろうか、なんだか少し酔ったような気さえしてくる。
お楽しみは、それだけじゃない。ゴールデンウィークには、なんと1頭分の豚骨で丁寧に清湯(チンタン)スープをとったKQJTラーメンが登場した。KQJTは緊急事態、立石をTTISと綴る宇ち多゛界隈のNMBE(飲んべえ)チームへのオマージュだ。
「ノンアルだったら、ラーメンさくっと的な感じでもいいかなと思って。イベントって訳じゃないけど、こうやって笑って乗り切れたらいいな」
妹に続いて、弟もスタッフに加わり、仕込みにはお母さんも参加しているアヒルストアは、いつのまにかバルセロナ辺りの市街にある家族経営のバルみたいだ。
テルくんセレクトの自然派ワインと、ワカコさんのおいしいパン、そしてパテ。シンプルにスタートしたアヒルストアには、訪れる度に新しい魅力がいくつも見つかる。いつも変わらない楽しさの奥にあるものは、きっと変わり続けるしなやかな意思なのかもしれない。
アヒルストア
東京都渋谷区富ヶ谷1-19-4
TEL: 03-5454-2146