ファッションビジネスのダークサイドに切り込んだイギリスの新作映画。これは対岸の火事ではない
『イン・ディス・ワールド』『グアンタナモ、僕達が見た真実』などで知られるマイケル・ウィンターボトム監督の最新作『グリード ファストファッション帝国の真実』を公開に先駆けて観る機会を得た。この映画はイギリスのファストファッションブランド経営者の成功とファッションビジネスのダークサイドに切り込んだ社会派ドラマ。
ウィンターボトム作品ではお馴染みのスティーヴ・クーガン演じる主人公リチャード・マクリディ卿は、ギリシャのミコノス島で60歳の誕生日を祝う古代ローマ帝国を題材にしたパーティを計画する。コロッセウム=円形闘技場を海辺に建設し、本物のライオンまで用意し、世界中からセレブを招待して、豪奢なパーティに備える。リチャードは一代でファストファッションで成功を収めた人物。しかしイギリス当局から脱税を疑われ、服を生産する縫製工場の劣悪な労働環境について追及されている。今回のパーティはそんなリチャードの名誉挽回のための一大イベントであった。家族や自伝を執筆させている作家までギリシャに招き、パーティは始まるが、強欲なる皇帝=リチャードに待ち構えていたのは……。ちなみにタイトル「greed(グリード)」は強欲を意味する。
最初に断っておくが、これは実話ではない。いわば寓話。しかもブラックユーモアに富んだ寓話だ。リチャードのモデルは、イギリスのTOPSHOP(トップショップ)という人気ファッションブランドを運営するフィリップ・グリーン卿という実在の人物。一時、イギリスに400店舗以上のショップを展開し、世界30カ国以上に進出、日本にもショップがあったのでご存知の人も多いはず。しかし巨大なファッションブランドは2020年に経営破綻してしまった。その要因は、新型コロナウイルスによる長期休業で経営難に陥っただけでなく、グリーン卿のスタッフに対するイジメやセクハラなども大きな理由だと伝え聞く。
いまやファッション産業は人間の活動によって排出される二酸化炭素の10%を排出し、地球環境に深刻な影響を与えている。『大量廃棄社会』(光文社新書)によれば、日本で売られている服の4枚に1枚は一度も着られることなく、新品のまま捨てられているという。しかも安価な服だけでなく、価値を維持するために捨てられる有名ブランドの服もある。
トップショップ破綻の一因にもなっているが、そんな時に地球を襲ったのが、新型コロナウイルス。世界中、どこの国でも緊急事態が発令され、外出自粛で外に気軽に出ることができない。人々が必要とするファッション=服も自ずと変わってくる。人と会う機会が激減したので着飾るために服を買うことは減る。週に数えるほどしか出社しないのでスーツは簡単に買い足す必要はない。外を歩かないから靴の底も減らない。ならば新しい靴を買うこともないと誰もが思うのは当然だ。かく言う私もここ1年くらいほとんど服を買っていない。それでも生きていくのに困ることはない。ファストファッションならずとも服をつくること、着ることを真剣に考える時期に来ている。
それでもモノをつくることは容易いことではないのも大きな事実だ。長く現場を取材してきたが、それは痛感する。『グリード ファストファッション帝国の真実』でも、南アジアで彼の服を縫製する現場が出てくる。リチャードは低賃金で工員たちを働かせるだけでなく、工賃の引き下げまでを工場に要求し、自身のブランドの利益を追求する。
どんな服であっても、服は生地に一本一本針を通すことで縫われる。高い服も安い服もそれは変わらない。ましてや縫うのは人間の手だ。自動的に服が縫われることはない。どんなに物価が安い新興国であっても、つくり手の賃金を搾取するようなことはあってはならないし、もっとつくり手に敬意を払って、大事に服は着なければいけない。映画の主人公リチャードのような人物が富むファッションビジネスやブランドに加担することには、十分注意しなければならない。
この映画はブラックコメディとしてつくられてはいるが、これは対岸の火事だと事態を軽く見ていると、いつか足元をすくわれる。それは歴史が証明しているだろう。