ヴァレクストラの新作を手がけた、マイケル・アナスタシアデスの“言葉”
いま、世界で最も活躍しているデザイナーをひとり挙げることは難しいけれど、間違いなくその候補になるのがマイケル・アナスタシアデス。特に照明器具のデザインがよく知られ、ここしばらく毎年のように話題作を発表して、とある有力メディアでは今年のデザイナー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれていた。
彼に関して最近のニュースは、イタリアのレザーブランド「ヴァレクストラ」によるバッグやジュエリーのコレクション「FLUTE」を手がけたこと。その日本での発表のため来日した彼にインタビューする機会があった。友人へのプレゼントとして手づくりしたジュエリーを別にすれば、今回のようなアイテムは今までデザインしたことがなかったとのこと。
ちなみにアナスタシアデスは、昨年はデンマークのBang & Olufsenのオーディオも手がけている。こうして初めてのジャンルの仕事をする時は、長年手がけてきた照明器具のデザインとは違うプロセスを踏むものなのだろうか?
マイケル・アナスタシアデス(以下、MA)「まずはオープンマインドで取り組むことが大切だ。そして過去にデザインした経験があるものも、初めてデザインするものも、私にとってアプローチは変わらない。なぜならすべては新しいチャレンジだから。ずっとデザインしてきた照明であっても同じことが言える。その度に視点を変えて、そのジャンルの歴史に貢献するものをつくりたいと考えている」
今回、発表されたバッグは、ストラップの根本部分に真鍮製の円柱をあしらい、独自の構造を成り立たせた点が特徴だ。またストラップの2ヶ所にマグネットを内蔵させることで、バッグを置いた時にもそのフォルムが美しく保たれるようにしてある。
MA「ある一瞬をキャプチャーするためにマグネットを使っている。今回のバッグに関してヴァレクストラからリクエストされたのは、1960年代に生まれた『セリエS』をリデザインしてほしいということだけ。そのDNAは何なのか、どうすれば現代において新しいものになるのか、改めて考えていったんだ。そのためにディテールをできる限り省いていった。目立つゴールドのジッパーを使わず、開閉部にはカバーをつけて、ステッチも必要最低限なものだけにしている。これはデザインを蒸留して純化するようなプロセスだった」
これまで彼のデザインの大半は、真鍮、ガラス、木などを無垢のまま使い、塗装などでカラーリングを施すことがほとんどなかった。しかしヴァレクストラの革製品は、発色のよさも大きな特徴。今回、色についてはどんな思いがあったのだろう?
MA「いい質問だ。まずバッグはブラックから発想した。革にとって最も一般的で、原型となる色だからだ。それに対置したのがホワイト。わずかにグレーがかった色にしている。次はレッド、これはクルマと同じでアイコンになる色。ただし特別な存在だから、サイズの小さいバッグだけにした。さらにファミリーとしてブルーやピンクなどを加えた。いずれもとても静かなトーンの色合いを選んでいる。革は他の素材と違い、製品になるまでに多くの工程を経る必要があり、革そのものの色というのはないに等しい。だからカラーリングを考えるのは必然的な作業なんだよ」
一方、新作のジュエリーについては、イヤリング、ブレスレット、リング、ネックレスが発表された。いずれも古代の彫像や建築をモチーフにしたという。
MA「イヤリングは、ニューヨークのメトロポリタン美術館で見た古代キプロスのイヤリングを参照した。それは耳に大きな穴をあけて通すものだったが、これはエンジニアが新しく開発したヒンジを採用して着用しやすくなっている。ブレスレットも同様の形状で、メカニズムが美しい。ネックレスは古代遺跡の円柱をイメージしている。柱は建築において最も古典的な要素だよね。同じ発想で照明もデザインしたよ」
今回の発表会では、ヴァレクストラの新作照明とともに、彼の代表作である照明器具「アレンジメンツ」も空間を飾っていた。この製品のデザインはジュエリーからインスピレーションを得たものだ。彼にとってジュエリーとは、どんな存在なのだろう?
MA「とても小さいのに精緻であることに惹かれている。また身につけるものであり、人の動きや姿勢の変化に寄り添っている。そんなものを空間の中に拡大していくと、何が生まれるか。スケールを超えて物事を発想するのは、私にとってとても興味深いことなんだ」
マイケル・アナスタシアデスは、それほど多弁なタイプには見えないが、思い入れがある物事については熱く語り、また本質を見通す視点を感じさせる。自分は彼のデザインのファンだが、今まで何度かインタビューをした経験から、彼の言葉のファンでもあるのだと伝えた。そんな言葉を載せた作品集が出ないだろうかと、とても待ち遠しいのだけれど。
MA「出たよ。僕の回顧展がキプロスで8月まで開かれていて、その様子も収めた本がこの秋に出版されたんだ。スペインの『Apartamento』の編集で、この約10年間に発表したものや、歴史家、キュレーター、アーティストによる寄稿、そして僕のインタビューや自分で書いた個人的な経験についての文章も載っている。アパルタメントのウェブサイトを見てみるといい」
……取材前にその本についてリサーチできてなかったのは、インタビューする立場としてこちらのミスとしか言いようがない(ただし取材した時点では日本のAmazonにもアナスタシアデスのサイトにも掲載はなく、その当日に彼のスタジオのInstagramでようやく紹介された状態ではあった)。早速、オーダーして入手したのが「Things that Go Together, Michael Anastassiades」。→ https://www.apartamentomagazine.com/product/things-that-go-together-michael-anastassiades/
基本的な形態と本物の素材だけを扱い、その新しい可能性を見せてくれるアナスタシアデスの作風が、創造の歴史の文脈の中にどう位置づけられるかを伝える好著。自身の文章では、少年時代のものづくりにまつわる思い出が述べられている。Valextraの新作共々、ぜひお手元にどうぞ。
あとは今年の思い出として、9月にロンドンで見たアナスタシアデスによるファウンテン。センサーに手をかざすと飲料水が吹き出る。サウスケンジントン駅のすぐそばに(きわめてさりげなく)設置されている。これも「新しいチャレンジ」だったそうだ。